備後国新市にながれる神谷川の左岸はひろい田園がひろがって、大きな民家が点在しその間を疎水が勢いよく流れる。道は疎水にそっていたり、横断したり、田のあぜ道を広げただけのように、うねって尾根にちかずいてゆく。
もう数度この場所をはしってるが、この道たちは、どうも一ヶ所へ集まってくるようで、いつも同じ場所にでてきてしまう。そこは、小さな池があって、その側に新しい車道ができて、尾根へ上って、その先にできた産業廃棄物の処理場へトラックが通っている。
その往来にふさわしくない古道がある。
なぜかここへ引き込まれても、いつもホットする景色で、「また、きました」と小さな祠の神社へお参りしてしまう。そのそばに大森遺跡とカンバンがあって、ここが紀元前1世紀ごろからの集落の跡だと書いてある。2100年という時間は、高級ウイスキーのような香りはさせてはいないが、ここから動きたくないと思わせるナニカをかもし出している。
小さな鳥居の奥に祠がたつ神社の両端にちいさなお地蔵様が林立してあって、
すこし離れた場所にある大師堂も地蔵様に囲まれている。
ある文化庁の調査でこの国の宗教人口は二億一千四百万人以上(H14宗教年鑑)。ここの景色さもありなん。調査結果にナットク。
もう一度この小さな谷を回ってみる。
池にもその尾根にも、地蔵様がおられる。数軒の民家は地蔵様に包囲されている。その一軒から老夫婦が現れた。古道をお手てつないでこちらにこられる。オレの挨拶がぎこちないのか、ワラって会釈して、そのまま歩いてつかれた。きっとイザナミ、イザマギのご夫婦にちがいない。