こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
by forumhiroshima
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泥の河

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西宮から大阪・梅田へR2号線をとると、阪神・野田でおおきく東へ回る。ここを右にとると大阪湾へでる。「大阪・水の都、水上生活者のまさに暮らしの匂いの残る地、川べりを歩けば遠い想い出がよみがえる。ここから下流、いく筋かの川にふたたび分かれるが、それもほんのすこし行けばみんな大阪湾に注ぐ。そ、大阪湾はもう目の先なのである。大和田 勝」

海へとルートをとりすこし進むと、淀川が堂島川と土佐堀川にわかれて、また合流する地点に幾つものの橋が交差する。
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[この小説の舞台は昭和30年の大阪の場末である。この日付をはっきり書いている。まだ馬車引きが残っており、水上生活者もいた。・・昭和22年生まれの作者・宮本輝が幼少年期の一時期を送った街筋を背景にして、主人公の眼によって、馬車引きの事故死にはじまり、水上生活者の一家がどこか別のところに曳かれてゆく場面が描かれている。桶谷英昭/泥の河・新潮社文庫解説」

この小説の冒頭にある博労の事故現場である「船津橋」への坂をさがした。博労はそこで真夏にとけかかったアスファルトに馬車の轍をとられ、坂のすべり落ちる車輪に引き込まれる。「くず鉄を満載した荷馬車の下敷きになった。後輪が腹を、前輪がくねりながら胸と首を轢いた。さらに、もがきながらあとずさりしてゆく馬の足が男の全身を踏み砕いてゆく。・・・・バケツを持つと馬のそばに近づいていった。馬の口元に溜まった葛湯のようなヨダレが、荒い息遣いとともに信雄の顔に降り注いだ。馬は水を飲もうとはしなかった。」

この坂がきになった。船津橋の坂。主人公の信雄の家は「昭和橋から土佐堀川を臨んでちょうど対岸にあたる端建蔵橋のたもとに、やなぎ食堂はあった。」
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その食堂のあたりは高速道路の導入道とそれなりの公園に整備されて、生活の痕跡もなかった。博労の登れなかった船津橋の坂は、いまもたしかに勾配をもっているが、道路幅と橋の幅とが同じ幅に整備された道にその面影はなかった。橋はいつも道より狭いものだった。
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水上生活者のおもかげなどは、もうノスタルジーでしかないのだろう。だからこそ、この小説の存在がふくらんでゆくのかもしれない。
大阪が河と海との街であるという、どうしようもない事実。大阪城のある上山台地ほかは、砂上にあるのだという。そうだから、この街は海と川に執着するのだと。

「泥の海」には書いてなかったとおもうが、この船津橋に大阪中央市場がある。ここは昭和6年に開設されているから、「泥の河」の博労もこの市場の仕事にかかわっていたのかもしれないと。が博労が運んでいたのは鉄くずで、市場とのことは小説のなかではあきらかにされていない。が、
市場に入ってみた。朝の十時をすぎては、市場はもう終了の時間。暗闇が広がっていた。
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ここには魚市場、海産物、青物、青果がそろってる。魚市場の人たちだけは判別できるという。彼等は必ず長靴をはいているから。軽四が荷物満載にして、船津橋の坂へ向かっていった。
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by forumhiroshima | 2010-12-03 20:05
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