こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
by forumhiroshima
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メモ帳

千日回峰行・京都切廻りコースへ2-「花」

千一回峰行の行者さんが京都を巡行する切廻りは比叡山の西の山麓の赤山禅院へ下ってから始まる。

赤山禅院は延暦寺の座主「円仁が平安初期838年に入唐したとき、山東半島の赤山の地で居留新羅人たちに、実に世話になって・・“赤山の神をまつらねばならぬ”と、つねづね言っていたが、経費がないままに過ぎ、ついに遷化した。死後、その遺志が遂げられていないことに一山の大衆がふるいたち、・・喜捨があつまって建立にこぎつけた。司馬遼太郎/街道をゆく 16」
山麓西にこの赤山禅院がつくられたわけを「叡山東麓の坂本にある日吉山王権現が一山の守護神であるのに対して、この赤山明神は西麓をまもりつつ、日吉とあわせて一宗の守護神とされた。司馬遼太郎」といっている。
この赤山明神は中国の道教の神で、「円仁が亡くなって二十余年たった888年、現在地に赤山禅院が建てられた。ではなぜ、赤山明神をまつるのに円仁ゆかりの横川でなく、わざわざ山を下りたこの地を選んだのであろうか。・・じつは初代遣隋使として有名な小野妹子を祖先とする小野一族のゆかりの地がここである。・・この遣隋使として持ち帰った道教の神々を小野一族はよく理解しており・・赤山明神を受け入れられる土地がここであった・・。日本の道教遺跡を歩く/福永光司」

この回峰行を始めたとおもわれる僧を近江の人で円仁の弟子の相応と司馬遼太郎は街道をゆく16 比叡の諸道で述べている。「相応が・・暮らしていたのは東塔の定心院であった。毎日山中で花をみつけては根本中堂へゆき、薬師如来に供えた。山中を歩くことと花を見ることが、並外れて好きだったにちがいない。」「相応は学問よりも行をする人となり、無動寺谷に草庵をむすんで・・、やがて叡山のひだを舐めるように歩いた。歩けば何になるのか、・・そのことに悩んだにちがいない。・・彼の夢に薬師如来があらわれて、その“毎日遊行の苦行”を肯認し、“是レ、常不軽菩薩ノ行ナリ”と教えたという。・・常不軽とはいかなる人も軽んじず、・・会うごとに拝んでまわる行をいう。・・相応は生涯ふしぎの験をあらわしたために、かれに金穀を寄進する者が多く、これを比叡のなかの建物の建立につかった。・・建立大師とよばれたりする。司馬遼太郎 街道を行く・叡山の諸道」9
世紀中ごろのことだという。
叡山の東に花摘堂があったという。西に花折峠がある。比叡には「花」がちらばっている。
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小野妹子にも花の逸話がある。聖徳太子創建の六角堂に入堂し、太子が沐浴した池の畔に僧坊をしつらえ仏道に精進し、日々佛前に花を供えた。そのことが華道の池坊の名となったという。

赤山禅院の南のの修学院離宮のそばに相応の建立とされる禅華院というお寺があって、先日ここを尋ねてみた。江戸時代に再建されたという風変わりな山門の寺院は、回峰行の切回りのは行者は立ち寄らないそうで、「華」と相応和尚さんとの因縁から、きっとルートだとおもっていたから、調子ヌケの感じだった。

切回りは「昔比叡山が誇っていた勢力範囲で、その結界を行者が歩くことで王城守護していたのだろう。そして残る京都南西四分の一の地域は、東寺の勢力下にあった・・北嶺の人/はやし たかし」という見解がある。
ふと自分に浮かんだのは、コースを判別することは、とても難しいのじゃないか?という思いだった。だいちに、仔細なコース図がなかなか見つからないこと。回峰行の関係の本にある、コースの概要にでてくる通りの名と参拝する寺社のリストからはでは確かな実際の道は浮かんでこないこと。そして回峰行の写真にでてくる景色からみえる道が、手に入ったコース概要図とは違っていること。たとえば、昭和50年代に行われた内海俊照師の切回りの写真にある久保田美簾堂の位置はコース概要から外れている。などなど。
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「切廻りは年一回だけど、だから楽しい。道順は師匠のお供をしていた小僧時代にずいぶん歩いたから覚えています・・足はきんきんにはり、手洗いで坐れなくて困ったときもありました。清水寺の裏にある水洗便所に入ったときは、黒便が出ていることに気づきました。けれど新幹線のように時間を違えず歩くのです。 大勢の人がお加持を待っていてくださるのです。これが行者には励みになり、力以上の力が出てくる感じでした。 内海俊照師」
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なんだか、自転車のってるのに似てる??わけないけど、まあ、走ってみよう!と。
赤山禅院からでて旧白川通りを下ると、松が植えられた塚のような四辻にでる。宮本武蔵の決闘の場・下り松だと、標示されている。そばに詩仙堂があって、観光客を乗せたタクシーがバンバンきます。大きな漬物屋さんに白いベンツが入って若い奥さんらしき人が店にはいって行った。なぜか京都!を感じた。町外れのお店で、お気に入りのお漬物でしょうか。
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そばの八大神社境内に映画のスチール写真。健さん若い!!
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回峰行の本の道順にある勝軍地蔵は、広い白川通にでて、すぐの小さな尾根上にあって石段で登る。と、幼稚園がその側にある。チビッコ足腰鍛えられるだろうな。お堂は朽ちそうで、寂れている。が、その前に立派な石畳。このアンバランスが印象的だった。
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そこからは、コースはどこかと、うろうろ、きょろきょろして走っている。 “勝軍地蔵”の石柱をみつけてにんまり。ここから神楽岡通から真如堂、黒谷の巨大な伽藍をとおって、平安神宮から青蓮院。青蓮院自体の参拝でなく、そばの尊勝院への参拝という情報もあったりする。登りの奥まった尾根に尊勝院はあった。さがしたよ。

HPに2008年の切回りに同行されたブログがあった。それにはこの尊勝院へは記載されてない。粟田神社から山道をということだが、フェンスがあって、一度もどったりした。ブログにかかれないってことは、ここは立ち寄ってない?。情報は交錯する。
つぎに、行者橋。八坂神社から清水寺。ここの坂に名が標示されている。沢山ある。それで八坂なのだと、かってに納得。産寧坂と三年坂との区別はつかなかった。清水坂をくだって松原通。堀川通を三条通で左折。祇園御旅所参拝して右折、大宮通で神泉苑。二条城のお濠にそって北上。千本通の出世稲荷参拝。となる予定が、出世稲荷がどうしてもわからない。昭文社都市図京都市内には大きく記載されているのに、見つからない。
コース道順が間違っていたのだろうか?でも地図にはあると、ウロウロ。
帰宅して、Googleで検索。千日回峰行・出世稲荷の場所!と。ヒット、なんと“稲荷は伏見へ移転しました”。これも京都か!いくらでも遺跡、寺社はありますから、でしょうか。

千本通は平安京の中心の朱雀大路。千本通を左へ。仁和寺街道へ入って、七本松通との交差点で右折。北野天満宮へ向う。天満宮東門からでて西方尼寺に参拝。左折して五辻通から智恵光院通との辻を左折し上立売通を右折し新町通の辻で左折。烏丸通を抜けて上御霊神社をでてから出雲路橋を渡り下鴨神社、河合神社と参拝。高野川をわたり大原通を北上。無動寺への道しるべ。で右折直進して旧白川通で赤山禅院へ。
この案内で京都の人は判るのでしょうか。京都の町は道路に対面してある場所両側を同じ町としているのだそうで、町名は道になってしまう。両側町といわれる。それで通りと通りの交差点になる辻とで標示されるのでしょう。この感覚はここで暮らして見なきゃわからない、だよな。
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切回りで行者さんが参拝する場所には、どうも広い石畳が、それもおなじデザインで設置してあるように思えてきた。でもどこでもある石畳でもあって、すこし自信ないけど、こんな場所にもこの石畳か!とおもえることが多かった。

妄想の入ったコース探しだったけど、すごく変化があって、とても面白い。というより、修行の一端を自走することを感じて、この回峰行は信仰だとすごく実感した。そして自転車使ってるとはいえ、一応自力だとおもえば、ちょっと行者さん気分であった。
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by forumhiroshima | 2013-05-08 20:22
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