こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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メモ帳

プロバンスの路地から-7 湯治・丹那の夢

プロバンスの路地に石風呂という古来の蒸し風呂の湯治の宿が二軒あった。いまは閉鎖されている。

9/12の日経新聞に、「湯治、現代風に復活」の記事がでている。内容は本物志向のクアオルト、ドイツを手本のヘルスツーリズム等々。ウオーキングと温泉の組み合わせで、健康増進を図る。とある。
「湯治」をドイツ流って、おもしろそう。ひきかえ、プロバンスの路地の古来日本流の湯治の宿は閉店されている。

冬至の日に柚子湯に入ると、風邪ひかない、ヒビ、アカギレ治っちゃいます。いい香で温まります。ってことだけど、湯治には熱気をつかい海草の海水でむす風呂だった。湯気にあたることを「茹づ」といって、それ自体が湯治を示していた。その湯治・トウジから太陽がもっとも短くなる冬至・トウジに連想され「茹づ・ユヅ」が柚子となる(西郷信綱・古代語をさぐる)。柚子湯は駄洒落ってこと?らしい。

宮本常一さんが郷土周防大島の民話で岩風呂の話を書き留めている。「麦の穂がでるころになると、石風呂がひらかれる。土地、一字・アザに一つはある。そこへ村人たちが集う。リュウマチだとか肩がこる者だとか、仕事がすぎて身体を悪くしている村人たちが集うのである。活動期を前にして十分に身体を丈夫にしておかねがならぬ。そこで石風呂療法をやる。石風呂というのは、普通の風呂とはちがって石室である。石室というのが正しいのであろうが、このあたりでは石風呂とよんでいる。中を石でたたんでその外を土でおおう。その造られた洞の中へはたいてい五、六人がはいられる。初めこの室の中で火を焚く。すると周囲の石がやける。石がやけると中の火を消し、煙をだしてしまって、藻葉・モバを投げ込む。藻は海にあるのであるから塩分をふくんでいる。人々はもう着ることのできなくなったボロボロの着物を頭からかぶってこの石室へ這いりこむ。そして患部へ藻葉を当てて蒸すのである。その間ちいさな入口は密閉しておく。
室からでてきた人たちは、草の上か、敷かれた蓆のうえで、茶をのんだり、ソラマメをかんだり、あるいはかき餅をたべたりしながら雑談する。青空の下に、娯楽を持つことのすくない人たちにとっては実に楽しい会合なのである。 宮本常一/周防大島民俗誌」
麦のでるころは、冬至ではない。冬至に柚子湯の季節感とは隔たっている。とも思える。

風呂は温泉のように湯を張ったもので、湯は湯気を使ったものと区別される。石風呂は石室・イシムロだといえる。「室」についてはよくこんな風に語られる。「洞窟・室の信仰は、石器時代からの、人類の最初の住居であり、最後の住居である。・・そのことは、そこから人がもう一度生まれてくるための母胎であり、修業者では、あらたな宗教的・霊的再生を期する場であった。 西郷信綱/古代人と夢」
昼間がもっとも短い冬至は、それからの太陽の成長の初め、復活の日。だから「室」での再生を望む。冬至が湯治の日となり、柚子のお出ましになるともいえそうだ。駄洒落だともいえない。

 丹那の石風呂は「木造三階建てから、鉄筋コンクリートの近代建築に建替えた。二階に居酒屋をつくり、客待ちの便宜をはかった。曜日ごとの石風呂ファンの会は続くなど、大都市広島のオアシスとして継続するものと安心していた。ところが燃料になる枝木や藻葉のアマモを入手することが難しくなった。主人の岡本良雄さんはがんこで、一切偽物は使いたくないといって廃業した。 わきもと茂紀/瀬戸内海遺産・石風呂」
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丹那・石風呂の建物から南、仁保島の海岸線へむかう路地に小さな祠がある。日宇那の潮風呂ちかくの浜辺だった場所に神社がある。主人の「がんこさ」は伝統継続の困難さと、代替の素材での継続では、その伝統がもつ治療という神業の継続への不安があったのではと、そばの祠の佇まいが教えてくれた。治療にならないという評判はこわいだろう。
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神事を継続するような湯治屋のご主人の気持ちが、常一さんの書く大島の石風呂の有り様に、おかしな連想をわたしの中にひろがってきた。それは・・

いきなり古代の話へ。平安京遷都から数年後の716年、出雲大社の出雲国造の代替わりに、国造自ら、都にのぼり就任儀礼をおこなっている。その朝廷への祝詞に「厳・イツの真屋にアラ草を、厳のムシロと刈り敷きて、厳の瓮黒益し、天のミカワに斎みこもりて・・出雲子に造神賀詞/イズモコニノミヤッコ・マムヨゴト」・・厳の真屋とは忌みこもりの舎屋をさし、そのなかで質素に草を敷物にし、カマドを黒くするような暮らし・・西郷信綱/黄泉の国と根の国」
いやはや、訳の判らん祝詞である。この列島に上陸した多種の言葉の人々の生活圏がオーバーラーープしはじめた時代の言葉を、文字にすることが困難であったのではないだろうか。西郷信綱という大国語学者をもってして解明されても、その解明がもっとわからないのだが。
 想像いや妄想として、これは、大島の農民が石風呂のなかで、熱気にじっと我慢している景色ににてないだろうか。石風呂は神々がもたらした再生治療として、その忌み籠りの様子の再現ではなかろうかと、想像したのだ。そう、石風呂は人の治療というより、人の再生装置であると信じた人々がこの石風呂を残してきたのではなかろうか。そして、その再生装置は、当然に神々しい場所に置かれなくてはならない。

日宇那の住田さんちの潮風呂は、明治40年代。丹那はもっともっと古いといわれる。仁保島の明治31年の地図をみてほしい。丹那も日宇名にもプロバンスの路地は通っていないようだ。丹那も日宇那もその中央の楠那へも船でしか近づけない。仁保島の南海岸は秘境にみえませんか。この南海岸の集落には古代の劇薬、朱砂の採取族、ニホツヒメの神を掲げる人々がいた。そこに神々のあやつる人の再生装置が置かれたのは、神賀詞の読み上げたれた8世紀よりもっと古い此の地に、そのころの遺体保存薬で最大の殺菌薬で劇薬の朱砂をもとめてきたミホツヒメ神をいだく人々への畏れの記憶があったからではないか!あの浜にはむかし大変な妖術師たちがいたと伝承されていたからではないか。
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その時から2000年もたって、やっと人はIPS細胞を見つけた、のでは!

西日本に今唯一、この古方による石風呂があることを見つけた。そこは忠海・床浦神社そばの岩乃屋の石風呂。入ってみよう。いかずばなるまい、ぞ。
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by forumhiroshima | 2013-09-19 16:42
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