こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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メモ帳

ダブル ブッキンク

古麻原の谷奥の寛田家の墓所から、谷間の底の川沿いにある車道とパラレルにすこし高い位置を尾根の斜面でたどる細い道がゆっくりと高度を落として下っている。数軒の民家玄関をぬう集落内のその道そばにミツバチ巣箱が置かれていた。庭先にいくつもの巣箱が行儀よく並んで、昼前の太陽の光を待っている。
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みつばちは太陽を基準に尻振りダンスで花の密の在場を仲間に教えるという。だからか、巣箱は必ず陽当りの良い場所に置かれる。「どんな花の蜜を蜂たちは集めているのだろうか?」と、巣箱を見るたびに思う。周辺に花園をさがしてしまう。これまでに出会った巣箱の辺りはいつも日差しがあふれていた。

部屋に紛れ込んだ一匹のハチを殺虫剤のスプレーを持って追い回している生活と、蜂たちと共存する生活のその差は計り知れない。すっかり遠くへきたものだ。

下りの先に鳥居が尾根に溶け込んでいる鎮守の深い森の端っこに現われた。
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長くて細くて、幅のせまい石段が鳥居から見上げるほどの傾斜で登っている。鳥居の神額は八幡社。
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けっこう怖い石段を上がると、そこにも鳥居がある。心細い足元から視線を上げると、その神額には厳島神社とある。鳥居が下より新しい様に見えなくもない。
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14世紀初頭に厳島神社社領から毛利氏に横領されたと広島県史にある時間の流れが逆になっているように、二つの鳥居に思えた。どちらが、どうなん?。ダブルブッキング??

石段の参道が建物にさえぎられていて、脇へ導かれる。本殿とこの建物の間の空間へ入る。
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建物は本殿へ向かって開かれていて、舞台に見える。
広場は「神の庭」と呼ばれるのだろうか?神々はここで舞ったのだろうか。建物は人々が神をまねた神楽の舞台だろうか?杉の巨木の周囲は苔むして、午後の日差しが差し込んで、神々しい雰囲気も漂う。
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石垣はこの谷間どこも古びていて、境内も負けず古びている。
ほの暗い境内横の明るい谷間の奥に墓所がみえる。尾根の斜面に小さく開かれて、墓標が肩をよせている。

「「も・う・い・い・カ— い」
「ま・ア・だ・だ・よ— オ」
坂口安吾の“高麗神社の祭の笛”にある古代の半島からの渡来人・高麗の人たちは後世に“高倉”と呼ばれ、駒井、新井、高麗井、新、などに分かれたという(古代日本と渡来文化・金任仲)。高倉健さんを連想してしまう。健さんは九州出身で、妄想にちがいないのだが。健さんはどこかこの国に侵入したインベーダーに思える。”高倉“と名を替えたこの一族の家紋は根笹という。
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家紋が墓に刻まれていたりしてないかと、とほのかに期待。

その墓所へむかった。「高倉、だったら・・・」‘と。墓所は「宮脇家」累代の墓所だった。お宮の下の民家の表札には宮脇とあった。
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お宮のそばで“宮脇”はわかりやすすぎる。宮本常一はお宮の下の家が実家だから“宮本”だと書いている。明治になって苗字を付けた家だともいっている。この谷じゅう“高倉”を探してみようか?と思ったりしたが、大体、表札がないのが普通だ。それに、脚力、大丈夫???。
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神社の西に肘屋谷の地名がある。ヒジ・ヒビなどは湿地、水場などを示す地名といわれ広島では比治山、東京では日比谷などが該当するといわれる。丹後半島、峰山の南にある比治の山には天女伝説が残っていて、この言葉に古代の夢のような雰囲気を感じる。水場が水の女神の所在であることは、水場のある土地を古代のパイオニア達が見つけた歓喜のモニュメントだとおもう。その記憶をなくしてしまったように思える広島の比治山の古代の姿への手がかりがこの小山の肘屋谷で感じることができるかも、などと期待もあった。比治山も昔、墓標にうずもれていた。

肘屋谷は数軒の民家が尾根の麓に点在していた景色だった。湿地のなごりのため池も神社もなくて静かなというより無音の谷間が広がっていた。ただ、車道の側溝の流れは、たゆみなく強い水量が下っていた。

この国の多くの神社の祭神は中世には不明になったといい、江戸期になって世の中が落ち着いてから、神社が再建され、祭りが復活したといわれる。どの神様でも、有難いのがこの国だろうか。神社リストのある出雲国風土記の出雲でも祭神が動いている。ダブルブッキングされてきた。

Google MAPは凄い。神社が名前で写真付き。すごい、です。ありがたい、です。が、ここ小山の砂田八幡神社とグーグルが表示する境内が厳島神社エリアとは、・・・。複雑すぎ、でしょうね。官製・国土地理院の地図にもあるんです。

出雲・朝山神社の神在月は旧暦の10月10日まで、ですからこのごろですね。祭神はマタマツクタマノムラヒメ命、由緒正しい出雲国風土記記載の神社。が、この神社が国土地理院の1/25000地図には、朝山八幡神社と記入されている。この間違いはけっこう話題になる。間違いで、いつか訂正されるのだろうが、じつは国土地理院にも間違いと申し立てられない歴史がある。

源頼朝が鎌倉に鶴岡八幡宮の建立時に“一国八社八幡宮”勧請を指令した。1192年あのイイクニの年のことらしい。その指令にある出雲八幡八社の一つに朝山神社が指定されている。

朝山神社の神主の朝山氏は佐太神社のいまの神主の朝山氏だという。9世紀に朝山一帯を領土とした一族で、大和朝廷から下向したとも、地元の豪族からともいわれる。ヤマト朝廷との関係が深かったのだろうか。

後になって、朝山八幡宮として出雲大社の参道の南端に鎮座する神社ができる。松林の広い境内に静かにポツネンと鎮座している。出雲大社のご威光にどこか意義あり!と言っているような・・・。だからか、出雲人はご機嫌良くなくて、参拝する人が少ないような、が訪れるといつも静かで、いい感じの境内なのだが。

風土記でスサノオがサセのシイの木の葉を髪に止めて踊ったという記述の大東町の佐世神社の境内にも白神八幡宮が建立された。尾根の北にある石の祠が風土記社佐世神社で、南に八幡宮の社殿があった。この二社は200Mほどもあろうか、尾根道で結ばれて、流鏑馬の神事でも行われたのかとおもうほど、まっすぐで印象深かった。シイの木の葉かんざしのスサノオの社が広い土台中央にここでは風土記社がポツネンと鎮座していた。参道の石段は崩れかかっていて、怖かった、な。
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都に鎮守する八坂神社のスサノオと祇園の舞子の髪飾り、そんな連想をさせる出雲・佐世のスサノオは八幡の神々にむかって、かくれんぼ、していない。時代でまわる、回り舞台で踊っているだけ、ですよね、古麻原の宮島さん。

谷を出ると、また鹿にであった。今この谷の神は厳島の神様ですよ。
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by forumhiroshima | 2016-11-15 05:42
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