こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
by forumhiroshima
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メモ帳

貴船の神も、鍛冶の神も

「宮廷を中心とした祖先の一族がこの土地に住みつく前から、この土地すんでいたもの、また後に渡ってきたものであろう、すなわち、海部であった。彼らは蕃人(先住民)で、祖先(大和人)たちと非常に関係が深かった。宮廷と隣接して生活していたからである。 折口信夫 」

「海部は、安曇連の支配のもとで朝廷に海産物を貢能した集団で、・・・ 河岡武春 海の民」

“貢”はみつぎで三原の土地の郡名、御調になる。御調の名は朝廷に奉仕した古代の人たちにつながる。

自転車で訪れた地に、ここに最初に現れたパイオニアの人々の痕跡を探がそうとする。自分の足でここまでたどってきたという高揚感を、きっとパオイオニアたちに重ねて「大変だったね」と彼らにも、そして自分にも語り掛けるナルシストでしかないのだろうが。精神科医は“ナルシズム”をパーソナリティー障害と呼ぶらしい。ホット、イ、て。


三原の海に「浮鯛妙」という古文書を持ち歩く漁民らがいた。その古文書は、八幡宮の祭神・神功皇后がこの海を通過中に多くの鯛が船そばに寄ってきて、そこへ皇后が酒を注ぐと鯛は酔って浮いてしまった。その魚を漁民が網で上げて献上した。皇后は喜ばれて“この浦の海人に永く日本中の漁場を許す”と文書にして下され古代から伝えられた「浮鯛妙」。国の境を超えられる通行手形を彼らはいつも船に置いていた。瀬戸内海ばかりか、長崎・大分・対馬まで枝村をつくった。そんな彼ら自身の出目は紀伊の国と伝承している(河岡武春 海の民)。

奈良時代末期ここ御調八幡宮そばに流された和気広虫姫が斎戒沐浴した清流の源流の谷を詰めて龍王山へ登るコースは、中国自然歩道として整備されている。

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このルートに御調八幡宮の奥宮として貴船神社がある。あの京都の水を差配する神、風水の神がここに鎮座している。
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よしだっち.com HPにその写真が掲載されている。筆影山遠望でしっかり見えている写真もある。

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貴船神社は木船とか紀船と書く神社もある。この神社に最も強い印象があったのは、九州の豊前から豊後・宇佐の中津平野でだった。田園に多数点在する小さいが立派なとても古びた本殿の神社の多くに貴船の神額が掲げられていた。行くとこ、ゆくとこが“貴船”さん、だった。


古代に西九州からの租税を積んだ船はいったん瀬戸内海を西へ向かい、大宰府にあつめられた租税とも合わせて瀬戸内海を東進し、飛鳥の朝廷へ紀ノ川をさかのぼって運ばれた。三原の市街地の東端の糸崎神社あたりが古代の重要な港であった長井の浦があった。海人たちが古く集う港だった。


古代の摂津・川尻湊(尼崎)に貴船の神がここに上陸したという貴布禰神社が二つある。第二阪神国道高架下のほこりっぽい分家とその北の旧市街の民家の間に沈んで建っている本家。分家の社殿のほうが立派でお殿様が建てたとあった。


貴船(貴布禰)神は豊前から瀬戸内海を東へここにいったん上陸。和気清麻呂が摂津国の長官時代、長岡京遷都に際して開削した神崎川(三国川)を上ったという。のち京都・鴨川をのぼり鞍馬山の西、貴船山の東の谷に鎮座した。京・貴船神社の神は“黄船”に乗ってきたと由緒にある。神を運んだ海人たちは、紀の人だったろうか。貴船の神は船に祭る船玉の神にもなる。


瀬戸内海の古代航路は本州沿岸よりの北航路と四国沿岸の南航路があった。二つの航路は周防の祝島のある熊毛浦で合流する。ここから西の航路には「島が少なく、逆風漲浪に遭遇する。・・・紀氏たちは周防・玖珂、佐波と豊前・上毛、下毛に濃く分布する。 古代政治研究・岸俊男」・・・だから中津平野の貴船神社群なのか?ただ周防は賀茂社が多い様子。

歴史はまあ、いろいろあるし・・・。と、シまらないな。


備後・府中からほぼ直線に西へ。御調八幡から、急坂を下ると現れる仏通寺(今も若い修行僧が掃除している)に出会う。吉備台地の西端を下り終えた沼田川河畔の本郷へと古代西国道ルートが走っている(西国道は西の高坂パーキンエリアから下るともいう)。この西国とは九州のこと、鎮西・大宰府への道。本郷の町で沼田川にでる。この辺りを舟木という。小早川氏の山城が新旧小高い山にある。小早川在城のころは海岸線だという。のち小早川氏はここをでて、三原城にうつる。

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「 クスというのは“奇し・クシ”からきたことばだろう。この常緑樹は、何百年の苔にまみれた老樹であっても、季節になればさかんに若葉を吹きだす。それも、あふれるようにである。その若葉がまことに奇しい。・・・さらには、根と幹や枝、葉にいたるまで樟脳をふくみ、それが木にとって虫よけになっているのも奇しい。古代人にとって、丸木舟の財だったのである。 司馬遼太郎 紀ノ川流域・街道をゆく32

司馬遼太郎が和歌山市の日前神社の森を訪れた時の情景。


舟木の入手場所が造船所だろう。

三原・糸崎の長井浦を出て東へ進むと古代の港は鞆の浦になる。ここにある天目一箇神社の神は鍛冶屋の神・製鉄の神という。それも砂鉄でなく岩鉄・鉄鉱石の溶解製鉄の神だという。この神は三原からやってきたと由来にあった。

御調八幡宮から西へ進んで右手に垣内郵便局を見る田園の左の山陽道の高架の工事の調査から、弥生とも(確定されていない)いわれる小丸製鉄遺跡が見つかっている。古墳時代以前の製鉄遺跡はまだなく、朝鮮半島からの鉄の輸入以外の国産の鉄はないとされているから“弥生とも?”になる。

半島からの技術者の渡来は、外洋の航海を経験している紀ノ國の海人の関わり他、考えにくい、という。

「船を作るには道具としての金属製の斧の類が必要であり、また釘も要求される。船材を切り出す仕事をつかさどる舟木氏と船大工たちの鉄の神である天目一箇神社は密接な関係をもっている。 谷川健一」


ここが、古代 最先端技術を持ち、古代西国道の水陸どちらにもコミットでいた、といえないだろうか。和気清麻呂の姉の逃亡先は、この最先端技術をもち豪族の家でなかったか。この豪族の財力が和気清麻呂の摂津の長官、平安京建設主任の要職についている。

御調八幡は”宮”で神社であるこのステータスの謎は、ここらに。


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by forumhiroshima | 2017-07-15 12:10
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