こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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長浜人形

石見・三田といわれ平野は太田、浜田、益田だそうだけど、浜田市街周辺に田園風景は見当たらない。その浜田市の体育館に駐車。田園をさがさずに、海へむかった。
中国自然歩道がはいっている外浦へ丘をこえる。丘は生湯という所になる。石見瓦のはじまりは、浜田城を築くとき奈良から亙職人を呼び寄せてからになるのだそうだ。この技術が幕末に二人に伝えられる。その一人がこの生湯で製造をはじめた。このころ瓦は黒色だったそうだ。

丘のテッペンに瓦工場がありふるいレンガ作りの煙突がある。写真にとっていると、通りがかりの奥さんがけげんそうに見ていた。幕末の瓦職人、大吉屋がここですか?と尋ねるのはやめた。焼鳥屋をさがしてるのだはないから。
丘から海への野道はどこだってうれしくなる。明るさへとびこんで走るようだ。外浦から浜田市街へ忠実に海岸をトレース。どんどんコンクリート。

水産加工工場街をぬけるとながーい砂浜にそって家並みに。熱田、長浜。
豊臣秀吉の朝鮮役に浜田藩も陶工を拉致してきている。李陶仙、金陶仁という名がのこっている。この二人はこの長浜から一山こえた内田という集落で窯をひらいている。お隣の津和野藩でもそうだったように、この窯は絶えてしまった。だたこの技巧を子供のころ見ていた本地屋治平という人が再開しその子孫になって人形をつくりだした。この人形が長浜人形で江戸時代には藩に保護されていたという。
長浜にはすでに書いた長浜刀がある。この刀は岡山備前からきた刀工たちであったようで、戦国時代にこの長浜の豪族、周布氏が毛利氏に敗北するとこの刀工たちもこの地をたち去っている。周布氏は尼子氏につながる一族で、この長浜の刀工の刀が山中鹿之助の使った石州和貞であったという。

家並みが西端でとぎれるところに小さな流れが入っている。路地としてしか見れない道がその流れにそってほの浜の背後の丘陵へのぼっている。その丘陵を一山こえたところに内田の集落がある。内田のそばを流れる周布川を西へ山中にはいると周布地や井野の砂鉄生産地がある。

その路地に入るまえにとって返して細長いこの集落の裏道へ走った。そこに神楽面・長浜人形・岩本竹山陶房のカンバン。店には日焼けしたカーテンがかかって扉は動かなかった。集落そこかしこにお寺がちらばって、それがこの集落の賑わいのなごりのように思えた。
また海岸から路地へ入ろうとした。そこにちいさな白木つくりの標識がある。神久山神明宮入口。地図にも自分の記憶にも神久山はない。神明宮・・・??明神なら・・・???
道はさきはじめた彼岸花がいいじゃないですか。ナゾを荷物に登りはじめる。
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by forumhiroshima | 2006-09-28 19:42

周布

田橋の集落から新しい車道、そして櫟田原・イチイタハラへの旧道へ。ところがここも工事で通行止め。石見中通往還のコースでも必ず通行止にであう。迂回路ともいえない大回りが指示してあるが、実は強行突破している。自転車担げばどこでもいける!か?が身上。
ここの通行止はガードマンがおられて、親切に大丈夫だから、工事に注意して。工事中の現場もみなさん手を休めてまってくれる。

今広島から中国山地越えのJRはすべて通行止。芸備線も三江線も復旧の見込みなし、とJRのHPにある。
旧道は勾配をくねくねととりながら上がってゆく。バス停に観音とある。その下に張り紙があって、工事のため運休、やく1ヶ月。見込みなしよりマシと思うことなんだろうか?
観音の集落といっても、民家一軒しかみえない。観音とあるからには祠が、とさがした。小さな分岐があって、その古道におおきな杉が暗闇をつくっている。その下に古いと新しいとの観音さま。

石見の旧山陰道では、こんな野仏さんに出会うことはなかったけど、山中に走ると、とにかく六地蔵さん。観音さまははじめて。それも新しい仏様にはびっくり。どんな願いがあるのだろうか。

櫟田原の集落は道から深く沈んだ川筋ぞいの、それも高台にある。その間は黄金の稲穂の棚田。この道からいったん川筋へおりて、また高台へあがる。そんな集落徘徊はぽつぽつと落ちだした雨にあきらめた。

もう一つの峠をかたずけるとあかるく、ひろい田園とまっすぐなおおきな車道にかわる。ここが周布地。きっと井野といわれる地域の中心になるのだろう。
井野って名は匹見・道川の美濃地庄屋屋敷にあった資料館でみた。砂鉄たたらの中心地として、栄えたというこの道川の原料の砂鉄は井野から運んだとあった。
道川のたたらは江戸時代末期のことだそうだけど、その前からここが砂鉄生産地であったから、周布地というのだろうと考えていた。
周布という地名は浜田の西部にあって、そこに古墳もある。周布は四国伊予にもある地名で、四国からここへやってきた人たちだろうと。

1423年この浜田・長浜、いまの浜田商業港に朝鮮水軍の船が遭難して流れ着いた。この乗組員10名を救助して、母国まで送り届けている記録が韓国の古書にある。その救助し援助した人物がそのころこの地の豪族であった周布兼仲。帰国させるとき、この地で作られていた刀剣を送っている。長浜刀という。

周布氏は尼子氏に属していて、その尼子氏は近江の佐々木氏に属し、その佐々木氏の本拠に柿本氏があり、人麻呂はたびたび近江へ旅をしている。

そんな、こんなで井野へ。
先日新聞に近江の古墳から見つかった朱は四国阿波産だと報道されていた。そら、ぐるーと回ってきた。石見なんです。
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by forumhiroshima | 2006-09-09 20:41

春待つ国

雨が落ち始めた広島を早朝でて石見へ。
どんよりとした海はすこし波がたかい。折居の海岸の集落は人気もないようだ。
見上げる山にテレビ塔が林立している。大麻山。この山頂の大麻神社には二度も登っている。山頂、杉の大木の森に鎮座する神社はアメノヒワシ命とオオアサヒコ命、サルタ彦命と盛りだくさんな神様がおられる。
オオアサヒコ命は四国阿波から火の玉となって渡来されたという。アメノヒワシ命は忌部氏という占いの部族。九州筑後に韓国から渡来された神様。なぜこの山頂で重なっているのか?

[まれびと]という言葉がある。古代、大空から、海のあなたから、ある村に限って、富と齢とそのた若干の幸せをもたらして来るものと、村人が信じていた神のことなのである。この神は宗教的な空想に止まらなかった。現実に古代の村人はこのまれびとの来て家の戸を押す音をきいたのである。この音を聞くことを、[音ずれ]という。折口信夫。

このおとずれを聞き、宮廷の門に明け方、中臣と忌部の人たちが御祓いをしてまわって、神のおとずれをつげたという。

この石見・大麻山周辺の古代の村人がきいたおとずれは、いまどんな景色としてひろがっていおのだろうか。大麻山を仰ぎ見て暮らした人々の村々は山襞をかきむしって平地に耕し、そういった集落がポツン、ポツンと点在して地図ではみえる。
そうなら、この大麻山を周回してみたら・・と時計回りに折居のちっちゃな駅からスタートした。
山をめぐる道はだたただ林道。民家も墓所も出会うことなく、のぼりがつづいた。幾度か開けた谷筋には降りるルートもなくただ登る。下りはじめて地形が交錯してくると、やっと集落に入った。

1kmの直径の円におさまりそうな谷間の、複雑ないくつもの川筋にモザイク模様に広がる稲穂のたわわな田と、その間の小山の森と赤瓦と白壁。ここが横山・田橋のようだ。集落にはいるいくつかの道は、なぜかそこかしこで通行止。山間を抜ける。

谷間の秋色の集落に目を奪われていたとき、足元で動くものがある。ストップ。
40cmばかりの細い茶色い蛇が二匹、いそいで山側の石垣の茂みへいそいでいる。これも見とれるほどの可憐さ。その石垣の上におおきな一本の樹木に気づいた。おおきく枝をいくつもひろけて、そこにちいさなカンバンがある。大麻桜。
いまの二匹の蛇はこの桜に住まう神様だと、まじおもってしまった。

それにしてもこの石見で山中に巨木の桜にいくつであっただろうか。この木々が満開になる春にはそこらじゅう走り回りたい。
石見は春のおとずれを待つ国のようだ。花吹雪のおとをきいてみたい。
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by forumhiroshima | 2006-09-08 19:20


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