こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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出雲という地名

以前夏に鳥取の夏泊という海岸に露営して、朝、遠くの島根半島から夏空に雲が立ち上がって朝日にそまって、また上っていった。青い空に白くまたアカネになる雲。八雲たつ国。実感だった。

出雲という地名の起こりに諸説ある。イズクモ、イデクモがイズモになったという江戸時代の説、近年は厳雲・イズモ(宮島は厳島イツクシマ)、吾妻に対して夕つ方・ユウツマ、アイヌ語のエツモイ、また神社に供える海草から厳藻・イツクモ、などなど。

古事記・書記は立ち上る雲からという記述になっている。出雲風土記を地元で研究してくまなく歩かれた加藤義成氏はこの雲の湧く様の深い印象のなる国として言い伝えを残されている。

いまの今市から斐伊川にかけて、風土記の時代そこが出雲郷とよばれていた。斐伊川が平野にでるあたりに三谷というちいさな谷がある。そこから頻繁に霧がわきでるのだそうで、その様子で天候を計るのだそうだ。この霧を三谷霧と呼ぶ。この有様から出雲といわれたのでは?と推測されている。

三谷は斐伊川に面した右岸のちいさな集落でここで斐伊川は広びりとした流れに両岸に尾根がせまるところにある。幾度か通過したのだけど、時間が時間なのか霧にはであっていない。

谷をみても小さなもので、斐伊川の川風が両岸の尾根にさえぎられることから、霧の発生しやすいところなんだろう。


出雲市の南、中国山地から流れ落ちて平野になるところは神話がそこかしこにころがっているようにあって、市がたてている屋外博物館という表示はそんな場所を紹介している。これが楽しい。
そんなところに、すこし広い谷が南に切れ込んでいて、海風が上ると雲になるのではと地図で考えた谷へ入る。

毛津から才谷峠にあがる。古道が拡張中の新道に飲み込まれていた。そのトップに古道との三叉路があって、湖陵への表示があるのにトレース。ここから一気にくだってゆく。
才谷の新道は神戸川へ入ってゆく。才とうい名は境界を示していて、賽とか斎とかにも表示される。年齢の才はくぎりだろうし、葬式を行う斎場はこの世との境になるのだろう。ここには必ず神様や石仏が鎮座されていることが出雲ではあたりまえだ。

下り終えて新しいトンネルの出口から川沿いにいっきの下り。平野にでるまで、川岸に民家はみられなかった。地図にある畑村という集落はこの川沿いから分岐した小川そばに奥まってあった。

平野へ湖水の表面の輝く神西湖を正面に受ける。この谷の入り口に土地改良の記念碑の石柱があった。そこに倉見谷とある。

出雲があの世と接する場所だという。西の果てになる。黄泉の国ともいわれ、闇見・クラミの国という地名もあった。
ここの谷が雲わきでる谷かどうか?はわからないのだが、才谷峠からクラミの谷をたどるその道に民家がなかった。なにか近寄りがたい気配がここにあったのでは?
新道はトンネルから轟音をひびかせる車をはきだしていた。
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by forumhiroshima | 2007-09-30 18:55

出雲・スサノオの記憶

やっともみのき公園から脱出して,出雲のまだ訪ねていないところへ。
出雲市中心から南の山中へ,多岐の海岸から上り始めた。ここに花蔵という温泉のある地名をみつけて,そこから山中へあがる。
石見で花雪神社をみつけて,イキな名に,どうしてかと回りをみわたしたことがある。花月という集落が,この山中にもある。花という地名をのこした人々の有り様が興味を起こす。なると,いってみるしかない。が,わからないのにきまってるのだけど。

地名でいえば,豊臣秀吉が海賊令をだして,海に面する交易の港は津,漁村は浦ときめて,この地名はいまも踏襲されて,訪れるとなるほど!ともませられる。が,ときに山の中奥深くに浦とか津とかがつく集落に出会うと,ここの人々は海辺から移住してふるさとの名をつけたのか,なんて想像してみる。

花蔵への登りをやっとすませて,また登りにはいって,やっと尾根越えをして河畔に。そこを川上に上り詰めると毛津という集落にはいった。地図にある鳥居マークをみつけて,ほそい石段をのぼると,小さな屋代と,幹にいくつものコブをつくった古木があった。毛津神社とある。
集落とそこの神社の名称が一致することは珍しいのだ。古木を回るとその奥にちいさなそれでも大小の二つの祠が森の木漏れ日になかに御幣をかざって鎮座されてあった。深閑として神々しい。のぼってきてよかった。

また境内にもどると,そこに由来の標示がある。スサノオとその妻の神社とあった。この集落の南の尾根をこえると神戸川におり,そこからすぐにスサノオの須佐神社がある。
石見の大田市の西,大浜に上陸した伝説のあるスサノオは,また出雲の島根半島に韓釜神社というこれも山中にその痕跡をのこし,京都の祇園祭の神様にまでこの国にひろがっている。

そのスサノオがオロチを退治した剣をここでけずったという。この毛津神社でのお祭りに剣をもってケズル,ケズルと踊るのだと,由来に書いてあった。だからケズという地名なんだそうで,出雲風土記にたくさんでてくる地名由来のように,あまりなっとくできないオチのようだ。

神社を降りると,老人から声をかけられた。出雲では子供達も大人も,向うから挨拶されることが驚くほどおおい。挨拶がアタリマエのことなんだろう。
老人はこの神社の大木を自慢したあと,戦前に人3人がかえのおおきな松がここに3本もあったが,境内に多いかぶって,拝殿が押しつぶされそうになるため,東京の材木屋に伐採して売り払ったことを思い出しながら話された。松は火力がつよいため,鋳物や精錬にはかかせない用材だと聞いたことが在る。だから,松なんだろうか?また目印の樹でもある。ここは神戸川・八幡原と神西湖へ,多岐への分岐点でもある。

老人は神社のすぐ前の廃屋を指差して,あの家はながく無人だったが先年主人が帰ってきた。が,家がすっかり傷んでいて,いまは神西湖のほとりで住んでいる。することがないといっていいた。自分は今日朝草取りをしてきた。と。ここはいい感じの集落ですね!と私が
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いった返事だった。
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by forumhiroshima | 2007-09-27 12:00

神話をたどる

大浜に上陸したヒメ神の神話ともう一つ益田にヒメ神の神話がある。益田の市街地から益田川をすこし上ると正面にアンテナのある比礼振山のあるヒサメ神社のヒサメさまがその主人公だ。

ヒサメといえば三瓶山のヒメ神なんだけど,益田にもヒメ様が降臨しておられる。
このヒメ神はソシモリ(韓の国)から赤い雁にのってこられた。三瓶山の男三瓶と女三瓶の間のピークに赤雁山と名づけられているのも,この神話からなのだろう。

益田・比礼振山の西,大浜の海岸から山中へ東にはしると赤雁というところがある。
益田へ大浜から走るのに,この神話からの地名だろうと予想できる赤雁に入った。さほど広くない谷間で田んぼももすくないちいさな集落にアカカリ農村の里という建物があって,休館になっている。結構あついので玄関の販売機でコーラのボタンをおすと,なんともう一本と当たりになっている。でももう結構なんで,何にしようかと,水をもとめたが置いてなくて,オレンジジュースにした。けっこううれしい。

さてと神話の残映でもと,地図にある神社をさがすと,目の前のちいさな丘に鳥居があった。帳面の鳥居の階段はすっかり草がしげって,そのよこのあたらしくコンクリートで固められた道がのびている。
ひらたく整地されたひろい境内のすみに祠がならんで,そのそばにイトスギのような,ゴッホの絵のような古木が一列に三本ならんでいる。その正面にさきほどの農村の里の建物の屋根がみえ,そのおくに,この境内よりたかい三角錐の小山がそびえていた。

そのすぐそばに川が蛇行してくだっている。

このごろ,走っていて,アレーここはどこか違う景色だとおもうことがある。そこには,おおきな岩が重なっていたり,古木と祠がかくれていたり,して,神々のおわす場所の景色に共通するなにかを感じるようになってきた。ちょっとオカルトぽくて,怖いような,ワクワクするような気持ちだ。

そのナニカをこの里にかんじてしまった。きっとここは聖地てあったことがあるにちがいないと,。

赤雁の集落からひとつ尾根をのぼると大草というところにでる。広域農道ができて,すっかり現代の景色なんだけど,そこの尾根の神社によってみた。じつは,先ほどの赤雁の神社とこの大草の神社と比礼振のサヒメ神社は一直線上にあるのだ。
赤雁の神社からは比礼振山の山頂はみえなかったが,隣にあった円錐の小山からは見えたのじゃないのだろうか?と引き返したくなったけど,わが足はもうダメと叫んでいた。
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by forumhiroshima | 2007-09-13 18:16

海へ

6月から毎週の休日にはもみのき森林公園へ通っていて,なかなか走れなかった。

やっともみのきの森から離れられるとなると,海へゆくしかないと。
石見の国はあちこち走ってきたなかで,心残りになっていた海がある。

益田川の河口のそばの高台にクシロカヒメノミコト神社がある。このヒメ神が河口より北上した大浜にある男島,女島に降臨したという神話がある。大浜に祭られたヒメ神はその後,移転されたり,地震にあったりして,いまの場所に鎮座したという。今の地名に久城となったヒメ神だ。

その大浜を以前,旧山陰道を走っていたとき,なぜか?年か?この海に降臨したことを忘れていて,その男島,女島をみのがしたのではないか?と気になっていた。

海に出会うには山から下って,空がどこか湿気で薄くなって,その上がますます青くなる,って設定が気に入っている。海に近づいたとわかるのは,空ばかりか,海面に反射する陽光の屈折した光もそうだ。その中にいっきに走りこむのが,自転車の醍醐味だとおもっている。

益田市街地から益田川ぞいに上って仙道に。そこから山越えで津田川ぞいに下り始めた。空は湿気て白っぽい。夏のギラギラとした空気ではないが,暑い!!
稲刈りがすすんでいる田がそこかしこで,びっくり。もう秋なんだろうか?と,暑さに中で首をかしげてみても,暑い。川沿いにヒガンバナが咲き出しているから,秋なんだろうな。

海へは津田になった。ふるい,静寂の津田の集落は大庄屋の蔵のならんだ屋敷の壁に打ち付けられたベニヤ板がえらく目障りな景色と,浜に打ちよせる波とにただよっていて,アー海ってことはなかった。

海岸から国道へはいって峠越えで大浜に。
大正につくられたセメントを固めたような波止場の向うに,ただの岩礁が二つ海に洗われていた。それがヒメ神の降臨したところだとは,だれも知らないのだろう。小さな恵比寿の祠がポツネンとある。

そのそばに立てカンバンをみつけた。そうだろう!ここは神々の場所なのだから,人間共に教えてやらなきゃ!
カンバンにはこうあった。「昭和20年8月14日の午後,ここに爆撃機がおちて海をただよっていたアメリカ兵が上陸した。まさに敗戦前夜のことだった。・・・60年後そのアメリカ兵の一人がこの浜をたずねてきた・・」

古代ここに降臨したヒメ神は韓からだろう。現代は・・アメリカか!・・・。まさに神話の復活だったろう。
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by forumhiroshima | 2007-09-07 16:21


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