こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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タブ・タビの木

玉造温泉の路地を徘徊して川上にむかうと、藤の花の標識にであった。記念物に指定されているようだ。また路地をいって、町の裏山にぶつかる場所に小さな祠にでた。天満宮とある。集落の端にこの神様は鎮座されていることが多くて、街中に今はあっても、この神様がここに鎮座された当初はここまでが集落だったのか?と想像してしまう。その社のうえに大きく広がった木があってそれに藤がからみついていた。その木がタブの木とかかれてある。

とくに出雲で神社の鎮守の杜にタブの大木が林立しているのにであっている。

休みに時間があるかぎり、外に走るのだが、その休みまでの間は、舞台の幕の内のように思っている。次の休みの走りが幕開きの場面ということになる。幕の内はその次の舞台をまっている時間で、幕が開くとそれが動き出す。だから、その舞台が旅の背景のようで、走りはいつも続いている旅だとまで思ったりする。逆に幕の内は腑抜けた時間ってことに、なっちゃうな。

折口信夫は「神木はサカキなる名にあたる植木であるが、一種類でないこと、古いサカキは、いま考える限りでは、タビ・タブになる」といっている。旅人の木がアフリカだか、あることは聞いていたが、よくみかけるタブがタビと呼ばれていたことが、なにかうれしい話になった。

続けて「我々の祖先たちが、この国にわたってきたのは、強い団結力・結いによって、波濤を押し分けてくることが出来たのだろうと考えられる。その漂着して海岸は、タブの木の杜に近いところであった。其の所の渚の砂を踏みしめて先、感じたものは、青海の大きな拡がりと妣の国への追慕とであったろう」。折口は妣の国が南の国でその国にタブが茂っていたと想像している。
黒潮にのって、その国からここにタブが海岸に根をおろしたと考えている。

なぜタブとこの国に漂着した人々とが、想像としても結びつくのか?同じ民俗学の柳田國男はタブと同じクスノキ類のクロモジについて「万葉集のサカキ葉の香をかぐはしみ・・」のサカキはクロモジでなかったかといっている。クスノキ類はみな樟脳のにおいをもっている。

「我々日本人の鼻の記憶、すなわちいつまでも忘れがたかった木の香りはここにとどまり、且つひろひろとひろがっていくことが出来たのも、クロモジはクス類のなかでも、もっとも寒い土地までさかえていくことができたからで、これがちょうど北海道や高地の寒冷地でも稲を栽培するような民族が、おなじ南の人々の中でも、日本人だけであったことと併行するものでは無かったろうか。クロモジは他にもいろいろの大切な用途をもつ木だけれども、それが発見せられたのも、本来は忘れがたい木の香りがあったためで、今日はたった一寸五分ばかりのつま楊枝なって、町にすむ人たちの間に名を知られているのも、この古い古い伝統の最後の残形であったとも想像し得る」

古代この国の原始林のせまる海岸に漂着した記憶が、石見から出雲、伯耆、因幡、丹後、越と日本海に転々とのこる神々の降臨神話と、妣の国のクスの杜のにおいとが、もうすっかり薄れ掛けてきているとしても、また自分の幕開きのタビに出たい。古代の人々が見たこの国をみつけたいものだ。
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by forumhiroshima | 2007-10-29 20:20

再々度ワナサ社へ

玉造温泉の玉作資料館の駐車場から、大谷の明るい沢ぞいを上っていく。
この谷をつめると玉湯川と来待川の分水嶺となる和名佐にでる。古代阿波の国からここにワナサの神を背負って到達した人々が落ち着いただろうと、想像している。

ワナサの神社は来待川の源流に位置して、その古代の漂泊の人は、玉湯の河口からでなく来待の河口からさかのぼったように思えた。どうしてか?は、ただ走ってみてそう感じてるとしかいえないのだけど。

そんな自分の中の結論は前回の訪問で心に生まれたのだけど、なぜか、またこの大谷をさかのぼってみた。

それは出雲風土記に「川の辺に湯を出す。出湯のあるところは、海陸を兼ねたり。よりて、老いたるも、わかきも、あるいは道を行き交い、あるいは海中を浜辺にそい、日々につどいて市をなし、打ち群れてウタゲあそぶ」と玉造温泉か記述してあるとされている。この温泉は長く忘れられていたようで、のち鎌倉時代にこの出雲の支配者となった佐々木氏によって、というよりその時代に再発見されている。風土記に出湯がこの玉湯川とは指摘されていない。
また、ここでたくさんの玉つくりをした人々を忌部氏とされて、いまその名が玉湯川の東の尾根を越えた忌部川流域を忌部とよぶ地名になっている。

古代玉つくりの作業は神々への奉仕であったようで、敬虔な場所での沐浴は欠かせないものだったろう。その神々しさを、いまあまり感じられないのだ。そこで忌部の川の源流からくだってみたくなった。

ワナサの神社前の分岐から一山超えてヒヨドリというイキな名の集落に入り、源流になる城床の尾根をたどって、空山へくだった。ここから宍道湖と松江の市街地が眺められる。その谷あいに赤い瓦の民家が点在して、不思議なくらい青々とした稲刈りがおわっても、また芽生えた青い田んぼの棚田がひろがっていた。
集落と玉造の温泉街を結ぶ湯田という集落にはいる。名からここにも出湯が・・なんて妄想していた。新しい車道のそば、ちょうど峠になる古道に小さな、でも古木の茂みがあって、その中に地蔵堂や祠や御幣でまかれた石がおいてある。
集落の中心にある神社は古木の鎮守の森をおおきく背景にして、ちょうど傾きかけた日差しが木漏れ日の波に重なっていた。

なおも下ってゆくとおおきな貯水池に川はながれこんでいた。そこは両脇から尾根が川をかこむように迫っていて、古代ここは淀みになって、いっきに下るところであったろうか・とおもえた。

その光景が、やはり風土記のかく出湯は玉湯川だと、あたりまえの常識を確認する。
とてものぼりでつかれた、どうころんでもムダは疑問だったと。
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by forumhiroshima | 2007-10-26 11:24

続けてワサナ神社へ

宍道湖のそばの来待の町から南へ来待川をたどると和名佐という集落にでる。ここにある神社が和奈佐神社で、ふるくはアワキヘワナサ神社であったのだそうだ。アワキヘは阿波の国から経へここへ、という。

頓原の旧45号線に安波岐・アワキという集落があった。ここに古代阿波の国から来た人たちのナゴリのように思ってしまった。ここは神戸川の源流で流れの両脇そこかしこに古代の製鉄の遺跡がみつかっている。

再度この和奈佐の神社へ上がったのは、地図で神社そばから来待川でなく玉造温泉に流れる玉湯川も湧き出ているようにみえた。玉造温泉からさかのぼってみたくなった。
それの動機は、川の名にある。

五十瓊敷命・イニシキノミコトという神様が千本の刀を和歌山の川上の河上の宮・鳥取でつくったという記述が日本書紀にある。この河上の宮に祭られている神様は天斎河板挙・アメノユカワダナという。このアメノユカワダナは天皇のムスコのホムツワケがひげがはえるようになっても、モノがいえないのが、白い鳥に反応してすこし音をだした。そこでアメノユカワダナに白い鳥をおいかけさせた。越後や丹波まで追いかけている。そうしてその人々は鳥飼部となっている。

アマニユカワダナのアメは天だから、ユカワダナをさぐった人たちがいる。和歌山の河上の宮の河口に淡輪という地名があって、これは淡は棚でないかと?。斎河・ユカワは古代人々はなにか始めるにあたって、沐浴を潮水でおこなったのだけど、その場所に河が流れ込んでいる場所をその場所としている。そこには木製の木組みが置かれていたのだろう。それを棚といったのだろうと。

千本の刀をつくったイニシキは同時に白い鳥の追求者でもあったことにならないか。出雲神話のスサノオのオロチ退治は鳥上の地でおこなわれている。和歌山の四国側に阿波の国から流浪してきたワサナの神を背負っていた人々となにかつながりがあるようで・・・

玉湯川は棚湯河であって、このワナサの人々が沐浴したのち河をさかのぼり、このワナサの地で製作していたものは・・それはきっと刀であったのでは?
玉造温泉の正面から製鉄の遺跡がみつかっている。

温泉から大谷というひろく明るい谷をつめ尾根の切り開きをこすとそこにワナサ神社があった。
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by forumhiroshima | 2007-10-18 15:15

彷徨える神

もう数年前、丹後半島の中央の峰山を走った。

ここに天女が降臨した鏡の池が山中にある。その天女の羽衣をかくして、養女にした老夫婦がいた。天に帰れなくなった天女はこの夫婦のもとで酒つくりをし、その酒の評判がよく、たちまち老夫婦は長者になった。そうなると天女が不要だと、邪険にしてしまったという。その老夫婦の子孫が、いまは安達と名乗って現存されている。丹後風土記にでてくる話だ。その安達家のそばに神社と天女の記念館ができていた。

この老夫婦は、和奈佐オキナ、オウナと記載されている。この話を民俗学者の谷川健一氏が紹介されて、その天女降臨の地の池を訪ねた。山道を自転車を途中までかついで、あとは茂った道を手書きの道しるべ頼りに登ってみた。そうして深い杉木立のなかの尾根の頂上に丸く池は夕日を照らしかえしていた。

こんな景色にであって、神々がこの国に今もある!ことに気付いて、いまも相変わらず神話めぎりする次第となっている。

谷川健一は折口信夫の説もひきながら、阿波・徳島県海部郡にある和佐奈意富曾・ワナサオフソ神社を信仰する人々がいて、彼たちは海人であり、水の信仰を背負って丹後にやってきたという説を紹介している。その中でこの人たちが出雲の山の中にもやってきているという。

出雲・頓原に和奈佐という地名を見つけていた。ここには和奈佐神社は見つからなかった。今回は玉造温泉を流れる玉湯川の源流にある和奈佐を目指した。

宍道湖の南につらなる山々の襞のように入り組む谷を加茂の町から上って、小さな谷が二つ出会う小さな平地にでた。そこに和佐奈神社があった。
どこにでもあるような石段と小さな境内。小さな祠はいつ崩れるかといった古いものでも、その造作は細かで御神輿のようだ。出雲風土記に記載されている神社は移転されていないものの多くが境内に西の少し登った場所に小さな石つくりの祠をもっている。ここもそうだったが、もうひとつ、墓標のような自然石がすえられてあった。

神社まえの車道をはさんだ一軒屋の玄関に回ってみた。表札は門脇さんとあった。もう一度神社にもどり石段に座った。なんだか長いあいだ先延ばしにした宿題をすませた気分だった。
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by forumhiroshima | 2007-10-12 18:53

道案内

大田から江津へ国道9号を走ると、狭いトンネルのであって、またすぐにトンネルになる。二つの尾根の西側の温泉津の温泉はそんな場所にあるのだが、この二つの尾根はその尾根のトップに石見銀山から日本海へでる銀山街道がそれぞれに残っている。

大田に近い尾根筋を鞆ケ浦道といって、鳴き砂で有名な琴が浜の西の端の岬にぬけ、もうひとつが温泉津・沖泊道という。
その二つの尾根民俗文化財になっている。
この四本の丸木をむすんだ、インデアンのテントみたいなハデに神話がある。湯里をながれる湯里川が海に入る河口の西に日祖という集落が谷間にある。町場の住宅地のような集落で、国道からもJRからもはなれてあるのに、不思議な空間だとおもった。ここに神様が上陸した。湯里に入ったとき強風でハデがなぎ倒されるので、インデアンテントの骨組みをおしえたという。この神様は谷の奥の西田という集落にある水上神社にいまもまつられている。その神社から正面に屏風のように大江高山がそびえている。
その西田の集落におおきなお寺がある。集落はいまは十軒すこしほどで、そのお寺の有り様はいまもシンとしてそびえている。

ここのハデはヨズクハデと呼ばれて、ヨズク、稲がテントの骨組みにかかるとフクロウのようで、ヨズクハデとよばれるのだそうだ。どこかで見たススキでつくるフクロウの人形をおもいだした。

そのハデをさがしに谷あいに走ってはいると、10m間隔でどこかでみたような、旗がずらりと、立てられている。文化財に指定されているハデだから、そのにぎやかしかと、よく観光地でやってるのぼりかとおもっていたが、どうも違う。ちょうどヨズクハデのそばに老人がおられて、旗の訳を尋ねた。

この奥の西田の瑞泉寺の講が開かれるので、その信者を迎え案内するために立てられているのだそうだ。そのときその旗が仏教に関係した四角の色をモザイクに並べたものだと気づいた。
どこかで見たとおもったのは、TVのミャンマーの映像だった。
それにしても、谷の奥まったお寺にやってくる信者はお寺の場所などご承知だろう。地元の歓迎の気分が伝わってくる。

それとも、神話の神々の再来のお祭りなのかもしれない。お寺のすぐ横に水上神社があった。
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by forumhiroshima | 2007-10-09 19:56

加地屋

倉見谷最奥から出た流れが二股に合流する地点にその小川両サイドに道が川上にむかってついている集落をみつけた。地図でみると約1.5kmほど両岸の尾根の中腹に道が登って、それがひとつに合流する。ちょうど長細いわっかのように地図に記載されている。集落といってもその道沿いに見渡して数軒の村だ。

集落の川が本流に合流する地点に細い長い石段の神社があって、若宮と鳥居にあった。どこからか勧請されているのだろう。

集落を周回する道はどこかでダートになっているだろうと、予想してみたが、瀬戸内の漁村でそんな道を見つけたことがあるが、こんな山中にわざわざの道つくりに敬意を表してはいってみた。ところが軽四ラクラクの舗装路で・・。
はたして??。

本流との合流点にくると。地図で周回している道が民家の前で私設の通行止めになっていた。その先に道がみえるが、入れなくて、すこしもどって橋を渡って出発点にかえった。

自分として予想できたのは、ここに入ってきた人たちは製鉄にかかわった人たちで、川上から土砂をながしたカンナ流しをはじめ、そのながれた土砂をせき止めて田畑をつくり、その田畑を中心に家々をつくったのだろう、と。

真紅のコスモスが川そばでゆれていた。その正面にさきほどの私設通行止めの家がある。その標識に加地屋とある。鍛冶師たちは、土地を作り上げる意味で土地を加える、加地になるのか?ここから下流に一里ほど民家はなかった。
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by forumhiroshima | 2007-10-01 17:33


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