こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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カミキリの神

仁多、地元では三成の町から北にむかってJRの路線が上ってゆく。鉄道沿いのルートは重い列車を走らせることから、自転車のルートにも最適なのぼりとなっている。「イズモミナリ」の次が「イズモヤシロ」。

八代は各地にある地名だが、白鳥の渡来地として名高い場所はヤシロだったりして、また古代の金属精錬技術をもった人々が白い鳥を信仰していることからも、興味がふくらんでくる。それほど行ってみたいのなら急坂だっていいはずが、JR路線をそって走っているのだ。

とっても鄙びた「イズモヤシロ」駅から神社を探す。この地を開いた、また移住してきた人々の痕跡であったり、また開かれてからの歴史であったりする神社は、そんな昔さがしの気分を満足させてくれることがある。

この走りもそんな出会いにいきなりぶつかった。
ちいさな、街道ぞい(この三成から玉造の街道を湯町八川往還と呼ぶ)の古びた町並みの西端の小山にその神社があった。「仰支斬里神社・カミキリ」。出雲風土記では印支斬里・イナギシリ神社とある風土記社。井上ひさしのキリキリ人のよう。
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斬るという字に出雲神話のスサノオがオロチを切った十握剣が浮かんできた。この剣はアマノハヘキリ、アマツハハキリ、オロチノアラマサ、またオロチノカラサビとたくさんの名でよばれる。斐伊川と大東町から流れ出る赤川の合流点のある神社でつくられたという地元の伝承もあった。
この沢山の名をもつ剣をどう読み取るのかと、たくさんの意見があって、これも推理小説よりもおもしろい。「相棒」どころじゃないのだ。

古事記にスサノオがオロチを退治する土地を「たくさんの蛍の光のようにかがやき、ぶーんぶんーと声えだす神々が、草木たちがおたがいにおしゃべりする土地にいる。そこでは、昼木おろしの唄にのって木々が斧で倒され、夜は山焼きの炎が燃え上がる。そこは荒ぶる神々の国だ。」とある。焼畑の民たちといわれている。その人々は銅鏡や銅鐸を神器として、銅剣を御神体としていた。ハハヘキリのハハは古代朝鮮語で銅製をしめし、その銅を溶かす送風機をハバキとよんでいた。そこに鉄の剣をあがめる人たちが侵入して、その焼畑の神々を鉄の剣で斬る。サビは古代朝鮮語で鉄、三瓶山のサヒメも鉄姫ってことだそうだ。だからオロチのシッポからでた剣は銅製ってことになる。のだろうか?

八代は出雲にも石見にも、どこにもある道沿いの木造二階建て、赤い屋根の集落と、満々と水がはられた田んぼと若葉茂れる山々と、道沿いに咲き乱れる小さな花々の土地。この道を北上すれば八頭峠。オロチですね。

八代の西は佐白・サシロ、その西隣は尾白・オシロと興味深い名が続く。八代から東に数キロ走れば高田。そこは風土記時代に郡のお役所があった場所で郡・コオリの地名もまだ健在。
野山を切り開き、神々がそこかしこに現れる場所であったのだろうか、カミキリ神社には幾多の荒神がまつられて、その神々を斬った神が中央に鎮座している、ように思える。
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神社そばの開けた田んぼの中央のすこし小高い場所に禅寺があった。大人山とある。神社がすそのになるこの山はガリバーの山だった。またキリキリ人を思い浮かべた。


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by forumhiroshima | 2008-05-31 19:30

出雲の大神

出雲風土記でオオカミと称えられた神様は4柱。オオクニヌシ、スサノオ、クマノに野城・ヌキオオカミがおられる。

伯耆の国にちかい広瀬の町を流れる飯梨川が山間部から平野にでる場所に能義町があって、そこに川にむかって能義神社がヌキオオカミの鎮座されるところになる。

出雲大社、熊野大社、と須佐神社はとてもよく知られているが、このヌキオオカミ様はまったく人々の扱いがわるい。

そのオオカミがみまもる平野は幾枚もの田んぼがつらなって、やっと土がおこされて、一部は水がはられて、また田植機が動いている。若くはないたくさんに人たちがそこかしこで忙しそうだ。田植機にのったおばあさんのほとりを幾羽ものサギがついて歩いている。ここは冬場は北からやってくる白鳥などの餌場として維持されていて、平野の中心に渡り鳥観察の施設も整備されている。
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半そでにはおったウインドブレーカーがじゃまな心地よい風に、平野に交差された水路に反射する光と、申し分ない景色をはしっているが、なぜかシューズをわすれて、スニカーの底がいたい。やっと、もみのき公園の運営から開放されて、すこし吉和には近づきたくない心境で、出雲の東はしまでやってきている。

広々とした田んぼのつらなりは南は小さな丘陵とその端に点々と一塊になる集落。そこには、小さな神々の社はいくつも地図にはあって、その集落の成り立ちを充分に想像させてくれ、グングンとながれる疎水の側に細い路地があって、そこが自転車のコースになる。
風土記の時代よりずっと前からの遺跡もそこかしこで、2000年いやもっと昔から鳥たちとともに暮らしてきた景色がいまもつづいているのだろう。

水を張り始めた田んぼはその人々がここに到着する前の海であった景色をも想像させてくれて、ヌキオオカミをささげて人々が開墾した時間をこれから青々と茂る稲がみせてくれることになるのだろう。
この風と光は宇佐の神々の流転をおいかけていた豊後の平野にもひろがっていたと、記憶がうごきだした。
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by forumhiroshima | 2008-05-22 14:28

伯耆国と出雲国の国境へ

もう走るしかない!という季節。もみのきの作業から開放されて、懸案だった古代出雲国境へ。
安来の市街地から南下にて伯太町の運動公園からスタート。

古代手間とよばれた関所はいま安田という土地に関という地名をのこして古道がはいっている。近年おおきく整備されたという石碑は、きっと古代の景色を埋め込んだという記念碑でもあるのだろう。

古代山陰街道は出雲の西端の多岐にあって、海岸線の断崖にさばりついていたが、この東の関所はゆるやかなのぼりの端にあった。
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伯耆の国にはいると、いきなり地名がおもしろくなってきた。豆腐屋、酒屋と呼ばれる地名を古道はゆっくりと下って、鳥取県西伯町になっている。

米子市街にながれこむ日野川の支流法勝寺川は、江戸時代的な集落の地名から、いきなり古代の部族の名にかわっている。
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海の民族とよばれる、九州に本拠をもつ宗像や安曇の人々のそのままの地名がつづく。宗像には宗形神社が鎮座して、広島の宮島とおなじ神様がまつられている。ムナカタは胸に掘り込んだ刺青を示しているというし、アズミはデーゲームの野球選手がよくつけている目の下を黒くするアズミ目の刺青だという。九州には大分に緒方という部族があって、彼らは背中に刺青をしていたという。中国南部からの渡来だという。
そういった記憶がそうさせるのかも知れないが、川とひろい田園とその奥、山際にちいさく固まった集落の景色が、どこか南の国のような気分に映ってくるのだ。
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安曇の集落は上下にわかれている。海から奥が上で海に近い集落が下になっていてた。なんだか逆のようにおもえるのだけど。

上安曇は同じような家が一塊に小さな谷間にひしめいている。集落の後の墓所へのぼってみた。さきはじめたサツキと菖蒲の道奥に墓標がならんでいた。民俗学者の宮本常一は集落の高台にのぼって家々をみよ!とのたまっているのに、忠実に実行している。が、どこも上りがきついのだ。

墓石にはどれも「田子・・」とある。中海の大根島は古代は多胡島であった。胡はエビス、エビスは遠来からの渡来という。宗像の神社から川沿いに青木という集落で高良神社にであっていた。コウラは高麗で朝鮮半島の国に名。この地域には渡来の人々に記憶がつまっているようだ。
西伯町から才ケ峠を越えて、伯太にもどった。ハクタはどうみてもハカタだと思ってしまった。
春の霞の日差しは、ウトウトとゆらゆら時間を越えさせてくれるようだ。
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by forumhiroshima | 2008-05-06 12:37


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