こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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山上から

油木の東の平たい山を仙養原とよぶ。昔ここにいた修験者の名だという。彼はほら貝の名手でその音は福山の海にまでとどいた。

その仙養原の山頂ちかくにちらばる集落に郵便局があった。郵政は、すっかり中央の政争となったけど、この見下ろす谷の尾根のちいさな平地で、昔の繁栄の記憶をたどるように、今も営業していた。
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このそばに中国自然歩道が入っている。

この自然歩道は、南へたどると、急坂の下りから川下への川沿いのルートとなっている。川は岡山県へ流れ込んでいる。この最深部がこの辺りになる。急流に尾根がせまってある中腹に、歴史記念館のように、だが現役の茅葺の民家をみあげることができる。タイムマシーンがここに連れて来てくれたようだ。
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切り立った尾根の底の川沿いの道が,いきなり直角に曲がりその向こうにトンネルがあった。街灯もない、ただ出口の明るさだけがたよりの、空中遊泳が終わると、広い谷になった。

川のせいか、寒くなって一枚着込んだシャツを脱いで、幾万色の緑がうすく濃くかさなって、谷が明るくなってきた。

仙養原には、いくもの神楽の里がある。彼らは山を下りて、町へ神を舞いにゆく。整備されたキャンプ場に着いた時、「町の人は自然の中へ入ろうとする。山の人は山上から、神となって下りてくる。そのことを、いまも秋祭りの神楽を楽しむように、受け止めているのだ!」と気づいた。なんとオレは山から下りてくる側にいる。信じれん、ほどうれしかった。

でも、帰りはすべて登りなんだと、重ねて思った。
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by forumhiroshima | 2009-05-31 20:18

尾根の三連カーブミラー

油木から東の山へ。仙養ケ原の頂と尾根の上にある花済の集落の間の桜が峠そばに、七つの道が交差している場所があった。そこに三連のカーブミラーが鎮座していた。
側に休業しているかとおもえる、静かな縫製工場があるだけ。
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平日の昼下がりに通る車はないのは当たり前だけど、朝夕だって、走る車も歩く人もいないだろう。

油木周辺は、尾根の上に小さな固まりになって、集落の名がある。李・スモモとか花済とかロマンチックな名がつづいている。花は、仏教のシキミの木のことだそうで、高野山にある花園は、この木々で埋まっている。道々にある辻堂は、薬師堂と呼ばれているようで、古くからの信仰がただよってきて、田もみあたらない尾根の孤立してあるりっぱな家屋にも、人の長い積み重ねを感じる。

その集落への道はいったん大きく下って、すぐに急坂を登る。すぐ前にみえた家へもゆくにも大変さを自転車は教えてくれる。

このあたりの道を走ると、この先にたしかに人が住んでる痕跡は感じても、はたして、今どうか・など考えるが、これまでゆきあたる集落は、廃屋があるが人里だった。そして、縦横に道がつながっている。

辻堂の代わりになったのだろう三連のカーブミラーが、この家々のつながりを今守っているように思えた。
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by forumhiroshima | 2009-05-26 12:40

神石高原町・福松の八幡神社に柿本人麻呂の痕跡になる歌碑があった。福松から渓谷にそってくだり、今はダムの底のなった成羽川をわたり絶壁をよじ登ると、高原になっている。この辺りが小野。

石見と周防の国境にも山間のちいさな拡がりに小野というところがあって、そこには人麻呂の誕生伝説と人麻呂神社があった。ここの小野も備後と備中の国境にあって、鎮魂の歌をうたう人麻呂の伝説は、国境の山間にのこるものかも知れない。それが判るわけでもないが、ここに小さく孤立してある集落をめぐってみた。

手入という数軒に集落の中心にけっこうな郵便局があった。そのそばからツヅラをのぼると道は尾根を巻くようにトラバースしてくる。その道から枝葉のように集落へと行き止まりになる道が入っている。

鍬平の集落、といっても数軒もない尾根のすこしの平地にひろがる田んぼをかこむ家々にでた。すぐそこに深い谷をかんじる。山が今いちばん青くなる。田植えがすんだばかりの上の空に鷹がゆっくり低空でまっている。尾根から下がって集落にはいる高台にいると、その飛行が眼の高さにある。
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急降下からなにかをつかんで、畦で羽をバタバタさせて、また飛行しはじめた。そのとき、もう一羽すこしおおきな、黒い陰が、その先回する鷹をつれて、尾根の向こうへ消えてしまった。
自転車から降りて、その狩の行く末を楽しもうとしていた自分だけが、取り残されて、田んぼの上を掃く風紋をみることになった。その風が畦のむこうの新緑の林へたどりつくと、若葉たちは、いっせいにバンザイして、木々が空へ飛行しそうになる。そのあと一枚いちまいの黄緑がくるくると日差しを跳ね返して、ミtラーボールになった。
その下の畦は刈り込まれて、そよぎもしない。
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人工とはいえない自然にとけこんだこの田んぼの光景は、ただ米をつくるという行為だけじゃできない。米は商品作物で、いまの価格ではとても農業はやっていけない、といつも報道される。米が租税であったことでも、そう思い込んでいた。それはたしかに、そうだろう。だが、やっていけない米作りが、これまで絶えることもなく、たしかに放棄された廃田もそこかしこにあるのだが、田は春も夏も秋の実りも、そして雪景色もうつくしい。そして自然だとおもう。

商品生産の合理性から、とてつもなく離れた、美しく保つ行為は、それが自分たち、都会に出て行った家族たちの命をつなぐもの、つむぐもの、だとして、おこなわれているのだ、と気づいた。
その命のつむぎこそが、鎮魂の歌になるのだろう。
やはり小野に、人麻呂はいたのだ。
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by forumhiroshima | 2009-05-14 15:21

村の成り立ち

備後の油木周辺にすっかり、取り付かれてしまっている。

油木や豊松周辺にはきわめて多くの古墳を祖先の墓として祀っている者がある。その数は少なからずであって、そういう家はその土地でもっとも古い家で、多くはその祖先の墓を荒神として祀る。荒神は祝い神ともいわれ、祖先的な性格がつよいとともに、産土神的な性格も持っている。
一つの荒神を中心として二、三軒から十軒を超える集団「名」をつくっている。たいていの家は山腹または山麓に家をもつ。そして家の周りは畑でとりまかれている。これらの家は畑作を主体としてそこに定住したことが知られる。その中には古墳をつくった時代に定住した家もあったわけである。ながい間には死に絶えたり、また養子をもらったりしたことがあった。それにもかかわらず、そこに築かれた古墳を祖先神として祭り、その塚をまもる家は続いたのである。
荒神は冬12月に祭りがおこなわれる。荒神の前で祭りがおこなわれ、荒神御幣を各自に家に持ち帰えって祀る。12年に一度荒神ちかくに神殿をつくって神楽をおこなった。この人々が神人としての資格をもってくる。(宮本常一・村のなりたち)
山に住む神人が、冬の祭りなどに里へ現れ、鎮魂の舞を舞ったあと、いずこともなく去ってゆく。謡曲で「行方も知らずなりにけり」とか「失せにけり」というのは、皆そういう風習の名残りであろう。・・その神人の田舎に、人知れず建つ神社仏閣は、生き生きとしている。古美術のたぐいも、村人たちに大切にされて、安やかに息づいているようにみえる。(白州正子・かくれ里)

油木に鶴亀山八幡宮があって、東の豊松に鶴岡八幡宮、南に亀山八幡宮。この地域の神社はどこも八幡さんってほど。亀山は神山だろうとおもっている。そして亀とくれば鶴しかない。そう想像すると、おかしい。が、どの八幡さんは、「生き生きとして」そして荘厳なスギの森に鎮座されている。
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ここに通いだしてもう4ヶ月になる。くまなく、山襞まで走り回ってみたい。幹線道路は整備されて、トイレは水洗になった村々は、それでも、過去の景色をクリップして、自転車の前に次々とひろげてくれる。まだ、訪れていないちいさな山奥の集落のいくつも、いくつもが、ちょうど自分の希望のように、思われてくる。

油木周辺に、三つのよくめだつ山がある。油木の権現山、豊松の米見山、そして星居山(ホシノコ)。豊松の神社に柿本人麻呂の足跡があって、油木の北、深い渓流に向こうに小野、そして星居山。これは、まるで石見・益田の小野、島星山と同じ??。いかなきゃ!!
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by forumhiroshima | 2009-05-04 14:46


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