こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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プロバンスの路地から-2  連続する那、那、那

黄金山、元は仁保島の南の麓、元は海岸線に、丹那、楠那、日宇那と地名に那がつく集落が連続する。仁保島の西の宇品も最後に「ナ」がついている。なぜ?
その集落、丹那の西端、きっと島であったころの半島の先端の高台に「穴神社」がある。これも「ナ」で終わる。
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以前から早朝にこのあたりを走っていて、秋の半ば、すこし寒い朝に浴衣を着流して、首に手ぬぐい、そして横笛を吹く数人の集団とそれに太鼓を天秤にかついで、それを鳴らす人々に出くわした。
秋祭りとしても早朝である。そしてその集団の中の世話役とおもえる一人が、遠慮なく家々の戸を開いて中に入ってゆく。そこに最後尾にいた獅子舞が連なる。おかまいなし、の闖入である。「驚いた」。そして自転車押しながら、付いて歩いた。それがこの穴神社のお祭りだった。

この神社の祀る神はスクナヒコナ。出雲神話の神様で島根半島の東端の地蔵崎に寄り付いて、オオクニヌシとともにこの国を整備した神。そばにミズハノメの神も祀られていると掲示してある。

仁保島の鎮守は爾保姫。この神様は朱砂の産出を司るという。朱砂は辰砂とか丹砂とかいわれて、硫化水銀で、真っ赤な色だ。水銀の民俗をしらべている松田壽男は、奈良の大和水銀鉱業所の坑道に入った経験を書いている。「坑内の両壁は紅ひといろ。天井もまた紅ひといろ。足を乗せている岩盤も、紅ひといろ。カンテラの灯は、まっかなトンネルをどこまでも照らしていた。古代の朱」この朱砂が天然に表れるところは、真っ赤な稲穂が伸びているようだといい、爾穂とも書かれる。となると、この仁保島には朱砂があったことになる。(仁保は御保説、はおいておいて)
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水銀の神の名を掲げる仁保島のどこでその水銀や朱砂は発見されたのだろうか?なにか痕跡はないものか。こんな風に考えた。
朱砂が掘り取られ、そこからの産出がとまると、その女神の名がかわるものだという。銅は赤がね、鉄は黒がね、鉛は青がね、であるように、水銀は「水がね」ともいわれ、それに掘り残された坑道から地下水があふれだすこともあり、朱砂の女神が水の女神となるのだという。それが、穴神社のミズハノメ。ミズハは水走りとも水速しともいわれる。
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また、水銀は丹薬で不老長寿の薬ともいわれていた。スクナヒコナは薬の神様。スクナヒコナが上陸した島根半島に一畑薬師がおられるのも、そのあたりの事情からか。

もしかしたら、水銀鉱脈へ坑道をすすめた場所は最後にアナのナをつけて呼ばれたのでは。
楠の木があったから楠那。主力の坑道があった丹那。日宇那はそれなら・・なんだ?

ニホヒメは朝鮮半島へ出兵したジンコウコウゴウに、舟に掲げる鉾のその舟も、そして兵士達もすべて朱色に染め上げると、戦勝するという御神託をし、コウゴウはそれにしたがったという。半島へ出兵などとは、あぶないご時勢だが、この真っ赤な軍団が、のちの平家につながったとしたら。あれ、シロに負けちゃったんだっけ。このネタ迫力ないね。
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by forumhiroshima | 2013-08-28 18:08

プロバンスの路地から-1 “竈の神”

二ヶ月も更新されんぞ!と、ありがたいメールがやってくる。が、いま自転車乗れんのヨ!。書くなら、リアル!それも自転車の上で感じたことからの、内容にしたい、のです。乗れないのは肩と首の故障。首が廻らない人生は昔からだが、首のヘルニアが痛くてハンドルもてなくなった。それが原因で自転車乗ってない。から、ブログ書けない。

 関西から故郷へ8月6日にあわせて帰ってきた。見つけた宿は市内の南の黄金山の南の麓の楠那という集落。そこのちいさなアパートの一室にもぐりこんだ。建物の名は「プロバンス」
丁度NHKがツールドフランスの総集編を放映してる。南仏はうつくしい。その地方の名がこの宿に付いている。フッフフと小さく笑ってしまった。ここ楠那の山もうつくしいのだが。“プロバンス”とは。

 山の北山麓の本浦の整形外科の医院へ通院には自転車。「車行き止まりです」のカンバンのある路地をうねってゆくのが近道。ママチャリで15分なら、やはりレーサーは病人でも10分。
やっと自転車に乗ってます。その気持ちの後押しにバーテープを赤に変えた。
 やはり黒だったと、後悔もあるが。{さっさ、走れ!}
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黄金山を左回りに路地をゆくと高層道路の高架の下に出て、そこから仁保になる。仁保の西に本浦があり、そこに爾保姫神社があって、仁保島の鎮守となっている。本浦と呼ばれる土地は、江戸時代に庄屋など行政機関のあった場所で、そこに鎮座する神社の名が仁保という地名に関わるのだろうが、一方、「保」は保つで、舟を守れる港の土地、三は御で優れていること。ここ仁保は良港だったという地名ではなかろうか。島根半島の美保関の地名との関連を想像する。
西の本浦よりも、古代ではここが重要な土地であるのでは?と思ったのは、仁保の土地にはいってすぐに路地がカギ形になっている。遠見遮断という道の造りで、集落に侵入する敵の見通しがきかなく、守りに向くといわれる。このカギ形の正面にある大きな門構えの家は渡部と表札が見取れ、渡部は「渡しを仕事とした船乗り集団・部民」とおもわせる。集落守護の第一関門の責任者とでもいえるのか。
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そこからすこしの上りがあって石垣の上に寺の山門があり、そこが上りのトップ。寺はいつも駐屯地になる。第二関門!。そこから下る。またカギ形のコーナー。そこは四つ角ですぐ右の丘にむかって道は5つ目になる丘の上の神社への石段の参道がある。上がった神社境内から仁保の港であったろう海岸線、いまは猿候川の河口が見わたせる。NTTの高層ビルもマツダの工場群も、ふるびた甍の波の家々の瓦屋根に、なぜか消されてみえるから、不思議なもんだ。

カギ形の四差路と参道とは、そこにある大きな“忠魂碑”の石組みを景色から消すと、広場が現れる。神社は竃神社とある。仁保郷土史会の掲示がある。1722年に人々の安息と繁栄を祈念したこの神社を勧請した。と書かれている。
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その説明では、その祈念の先が“竃・カマド”という神社であったのかの説明としては、ぬるい!なんていったりして。すみません、たわごとでして。
といのは、私は、すでに現在の建築物が一切見えなくなって、広場に人々が賑やかに集まっている情景が見えているのだ。道が広場にあつまり、そこに神が鎮座する場所を八街・チマタと古代の人々は呼んでいる。そのチマタがここだ。
 古代の新しい一日は夕日が沈んでから始まったといわれる。そのライムライトの時間からチマタではじまった神への舞、神楽の番数もおわりに近づいて、夜もどうやら、明けてきたころである。夜っぴて、どなりわめき踊りぬいた客達も、さすがに疲労したのか、人影もだいぶまばらになったときだ。長い長い「おきな」のかたりがおわって、これまでとは一種異なった壮快な拍手がおこってくる。湯ばやしの呼び出しである。そら湯ばやしだと、人々は急によみがえったように、近所の家などへもぐりこんでゴロ寝していたらしい連中も、女も子供もわれがちにあつまってくる。・・もっとも優れた舞子が選ばれて鬼の舞をはじめる。釜の水が補われ、竈には新しい薪がどしりとくらべられている。湯を降りかけられるぞ!そら片手湯立てだ。みながうきあしだった際に、わっとあがる歓声とともに、さっとのぼるまっしろい湯けむり、なまあたたかい湯沫がもう顔にとんできた。我勝ちに逃げ出す駆け出す、拍子は一層急になって、太鼓を打つものは懸命に叩いている。四辺は狂乱の渦中である。もうもうとのぼる湯気の中、舞子が走る。逃げた見物がまたひきかえしてくる。・・こうして舞戸から神座へ、あらゆるものが、水だらけになってしまう。そしていよいよ朝鬼の舞になる。まさかりをとって、竈の廻りをまわっては舞い、火などをかき散らして・・みな湯を頭からあびて、ちりじり蜘蛛の子をちらすように退散する。これが最後でみな疲れた顔をして帰るのである。早川孝太郎「花祭」より
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参道の石段にすわって、朝日をあびている。景色にこげ茶色のNTTの高層ビルが現れてきた。朝日をあびても、まだどこかどす黒い。あんた、溶けないなあ。仁保の神庭の底にも朝日が届きだした。老婆が紙袋を抱えて現れた。石段のそばのブルーの網をもち上げ、なかにその紙袋を押し込んだ。今日は可燃ゴミの日であった。私はまだ出していない。帰ろう。
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by forumhiroshima | 2013-08-27 15:45


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