こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
by forumhiroshima
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8月の蛍

7/29-30、もみのきのレンタサイクルのメンテナンスの最終スケジュールで、また炊事棟宿泊になった。
レンタサイクルのメンテナンスも、こちらの腕もすっかりさび付いて、それでなくても・・の腕がギシギシいいっぱなしいだ。それでもやっと最終日に終えた。
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レンタサイクル倉庫の受付にラムネ一本100円を冷やして売っている。レンタサイクルより好調な売れ行きのようだ。
メンテナンスが終わって、整理していると、倉庫の受付でレンタサイクル係りのS君が突っ立っている。手にバーベキュウーで使った網を焼いて掃除するバーナーが燃えている。
40歳すぎの女性がレンタサイクルの申込された様子。不思議なことにレンタサイクルの受付、平日はもみのき荘の受付でおこなって、現場にこられたら、そこへ通ってもらうようだ。お客さんに二度手間で足を使わす。ひどいルールだとおもっていたら、その女性もそう思ったらしく、不満でここで受け付けしてと、いったらしい。そのときS君のバーナーが、なにかを足に飛ばしたらしい。アッツイ!。そのとき、そばから声が掛かった。その声は申し込まれた女性の知人らしく、顔が似ていたから妹さんかもしれない。なにやっているの!。とても厳しい声でS君が硬直した、その態度に、彼女の叱責は、激しくなって、もう弱いものイジメにエスカレートしているように見える。「ここは県立の公園でしょ!」。レンタを申し込まれた女性にも、「もっといいなさいよ、いつもそうなのだから,それに自転車なんて、どうでもいいじゃん、止めなさいよ」とトバッチリ受けている。S君の足が小刻みに震えだした。
そのときラムネを冷やしているホースが容器から外れて、水があふれだした。腕組みの叱責している女性の二人の男女の幼児達が、ホースに寄ってきた。ラムネを渡すと、腕組みの女性に向って走っていった。彼女は、頂くわ!。それで、騒ぎが終わった。S君涙目。コワカッタネ!ウン!ラムネ代金200円をS君の手に押し込んだ。

7月末の森に、いかにか?でも、今夜の蛍はないだろうと、シェラフに8時前にもぐりこんだ。
騒ぎで気分もさえない。晩飯もカンズメでいいや。キャンプ気分もすっかりなくなってしまっている。
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なにか音がして、気配がある。暗闇に眼が付いて行けない。ランタンがガスでライターをさがしても、暗くて見つからない。バン、バンと柱になにかがぶつかる。それなりに眼が開いてきても、その音の元はわからない。ばん、バン!。
昼間のS君を叱責した女性の様子も夢にでてきた。バン、バン。目がさめた。
人間様の気配に気付いたが、バンバンは聞こえなくなった。やっと、闇に目がなれて、あたりが浮かんでくる、と。 5cmはあろうかという、ブルイーな光はふわぁぁぁ、と、 それも幾つも、幾つも。

シェラフの上にもブルーな点が数個ある。緊急に、役に立たないランタンのそばにも青い光。そーっとおさえると腕時計の蛍光文字盤。シェラフにいるのは本物で押さえようとすると、フワーと浮かびあがった。

明日で8月。蛍はとんでいるだろう。「8月の蛍」か。いま、蛍の虫かごの中にいる自分。
5泊の蛍との夜。 “たましいのたとえば秋のほたるかな”
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森には魑魅魍魎も物の気も居なかった。サイクル倉庫の入口にはいた。これから、いっそう、この森に逃げ込みたくなるだろう。早朝、朝陽の束が替わらず差し込んでくる。昨日のことは忘れた。森の生活!。
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by forumhiroshima | 2014-07-31 04:22

時間・時、鐘

もみのきの炊事棟の谷のホタルたちと時間をたっぷりすごした感がある。先日の夜は時々起きた。そのいつの時も森にホタルたちは風にのって流れていた。谷を下っていた風がいつか昇ってくる風に代わっていた。海風・陸風といわれる現象なのだろうか。
その風向きがかわる「時」が、深夜が早朝に変わる「時」ではないだろうか、と思った。夜と朝の狭間は、日の出ではない、のでは。「丑・ウシ三つ」時では、ないか!モノノケと人との狭間の時間だ。ホタルの火もこのころ消滅する。
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黄金山へのカタツムリ・ランニングをつづけている。5時すぎにアパートをでて、山頂に約30分ほど。このごろ日の出の時間が5時をすぎてきて、曇り空ではまだ暗い。反射テープなんぞ、いるのかな?と、先のことはわからないのに心配。です。苦労性なものでして。
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6時に鐘の音が山頂へ登ってくる。仁保の本浦の集落から二つの音源が聞こえる。二つの寺が鐘をついて、「時」をしらせている。「明け六つ」の時の鐘。
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日の出30分前を「明け六つ」日没後30分を「暮れ六つ」と江戸時代まではそうだった。夏と冬では、明るくなるのが4時ごろであったり、6時すぎであったりする。それでも明るくなるのが「明け六つ」暗くなるのが「暮れ六つ」ときめていた。寺の鐘をつく人がその決定権があったようだ。坊さんはえらかった。結果、季節によって昼と夜の1時間の長さがちがっていた。

「おやつ」は江戸時代のこの時刻計算で「やっつ」とされる「八つ時」のことだ。この「お八つ」時も毎日いまの24時間均等割りでは不定期になる。腹時計が出動する。
それを不定期だと我々が感じるのは24時間区分になれ、腕に時計をつけた生活から始まってからだ。明治6年にこの習慣が自分達に織り込まれた。

朝の黄金山の頂上への車道を登る地元の人たちは、暗くなったからといって、自宅からのスタート時間を変えてないと思える。というのは、同じ顔は同じ順序で歩いている。もうすっかり定時制の生活で生きている。すっかり、「明治」が真実になっている。

昨夜、ドーンと大きな音で外をのぞいた。宇品の花火大会の開始だった。しばらく花火をみていたが、すぐに部屋に引っ込んだ。「ハナビ」があまり好きじゃない、のだ。
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花火大会が、原爆ドームの横の本川で最初は行われた。自宅がドーム正面にあった。そこにすこし広場のなる道路があって、そこで花火師の男衆がハッピに鉢巻で忙しく動いていて、自宅にあった井戸のポンプを使っていた。小学生だった自分は覗き込んでいた。親方らしき老人が、花火の点検をしていて、すこしいびつな花火玉をはねていた。親方が振り向いて「花火は魂・タマなんだよ。花火師を玉屋っていうだろう。打ちあがって花火になったとき、玉は真円でなきゃいけないのだ。神様も仏様も天上からみているからね。」と話してくれた。花火大会の時間になるとドーム近くの家々から皆でてきて、上った玉に合掌をしていた。鎮魂の魂だった。ドーン、そして静かな合掌、いまも忘れられない景色だ。
昨夜、部屋からみえる宇品の花火はいびつだった。あの景色が消えてしまいそうだ。
あの花火はかの国製かもしれない。今の花火はもうあの花火じゃない。

黄金山のランニングは山頂道路を下って、小さな住宅地を抜けて、鐘が突かれる観音寺の墓地へ向う。この墓地を抜けると仁保中学横にでて、新興住宅地を抜けると、山一周になる。
このコースが自動車と出逢わない。そして一周ということがお気に入りなのです。なにか小さな達成感があります。

観音寺で丁度今、鐘を鳴らしたおばあさんに出会った。
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「今鐘を突かれましたか」「そう、私のラジオで6時の時刻を聞いてからね。以前は〇〇のおじいさんがされていたけど、先日亡くなったのよ」「だれでも、いいのよ」おばあさんが活けるお寺の正面のシキビがいつも美しい。
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宇品に移った花火大会が忘れた物が、ここにはいつもある。広島の八月が、すぐにやってくる。

これから暗くなってくると、走るのがオックウになりそうだ。でもこの走る時間気に入っている。昨年の宇品の花火大会がすんでから、広島に帰ってきた。この一年の成果はこの黄金山の時間ぐらいなのだ。今ある唯一の自分のことなのだ。
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そうだ、観音寺の鐘つきの控えになろう。おばあさんが休んで、誰も突かないようだったら、いつか、突かしてもらおう、か。これで、自分に最もたりない、この今の社会生活での必須条件の定時厳守の習慣が身につくか。でも、そんなこと、・・できるかなぁ。
宇品の花火は44万人の見物って新聞にあった。時代、時代!!

おれが、怖いのは、江戸時代の時間の計算方法“不定時法”つまり、太陽の出入りで鐘をつきそうなのだ。これは、得意なんだよな。オーイ!起きろ起きろ、お日様でてるぞ!!「まだ4時ですよ!」
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by forumhiroshima | 2014-07-27 21:39

54番のテントスペース

夏のペチカに新しい薪を加えるのを止めると、徐々にプロパンのランタンの火が主張を始める。
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ランタンの光が繁みに映って、影が風に揺れる。
もみのきの炊事棟NO2の周囲の黒い繁みが、ランタンの明かりの気配で隠されているが、すでにヒメホタルの舞台に今宵も駆り出されている。
チカチカ、青い点が、ランタンの明かりに押される。ランタンをいそいで消す。しばらく、青い点が消えて、目がなれると、暗闇が薄ぼんやりと白い霞がかかるように、開けてくる。

眼が慣れると、青い点がいっきに、そこかしこに輝きだす。点たちのお互いの距離は決まっているようにおもえるほど、等間隔でちらばっている。
今夜は黄色のおおきな源氏ホラルの点は、今夜は現れないようだ。そのかわりか、青いヒメボタルの点がときどき舞い上がり、森の小さなせせらぎにそって、下流に流れてゆく。

せせらぎのそばは細い道となっている。そこが風の通り道になる。その風の道に青い点はそって流れてゆく。その先に三叉路の交差点があり、この谷の別のせせらぎが入っている。
別の方向からの風をうけて、そこでは、青い点はすこし足踏みをして、とまどってから、また合流した流れにそって、川下へ走ってゆく。ホタルは風を切り裂いては飛べないのだ。まるでだれかの自転車走行のように。
ホタルの、そのとまどいの時間に期待して、花火撮影の機能のあるデジカメをむけてみた。
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早朝まだ薄ぼんやりとした明るさに、青い点は、夜半とは替わって、谷を吹き登る風におされて、登ってきたのだろう、まだここの葉のうしろにたたずんでいる。夜通しのチカチカ活動だったのだろうか。お疲れ様。

炊事棟の谷は東西方向にひろがっている。朝日も夕陽も夏には直線で差し込んでくる。透明な光が、スポットライトになって下草の草原をゆっくりと移動する。この明るさは朝や夕方だけでなく昼間も同じ調子で、光はいつも、葉っぱに跳ね返って飛び散る。
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早朝、谷からでて、展望のある南斜面にゆき、そこから炊事棟の谷を遠望する。早朝、太陽の光は森の湿気を追い出し始めると、ムッとした空気がのぼりだす。
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反対側にある、吉和冠山の山頂の烏帽子はピンクの湿気につつまれる。この湿気が森から搾り出され森かカラカラに乾燥するころ、「秋」が青い点に替わって、森に下りてくる。
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炊事棟の谷に朝日の束が差し込む場所は、この季節は、青い点が炊事棟NO2からながれて、横風に戸惑った三叉路になる。そしてこのポイントは昼間は真上からの木漏れ日の束を抱きかかえ、夕陽は真横に差し込んでくる束の置き場になる。
その全ての時間が、木漏れ日のやさしい光のスポットライトを浴びている。このポイントにテントサイトがあって、NO54.テントサイト。
公園の職員の皆は、谷で一日を過ごすなんてしない。ここは仕事場でしかない。
このNO54と、隣のNO55がお勧めだと、話しても、フーンでしかない。「もっと、このポイント売り出してよ!」

レンタサイクルのメンテナンスは一泊二日を5回繰り返すローテーションで、やっと3回目を終えた。火曜・水曜と金曜・土曜をセットにスケジュールしている。
先週の土曜日にメンテをお仕舞いにして、炊事棟に荷物を取りに入った。炊事棟は三叉路を右に、NO54はその左奥にある。そこに小さな緑色の虫除けネットが見えるテントが建っていた。そばにブロンドのポニーテールを巻き上げてくくった、お姉さんが立ってこちらを見ている。挨拶して、今夜はきっとホタルが出ますよ!と伝えようとしたが、ホタルの英語がわからない、「ホタル・・ホタル・・」で、最後は虫でライトなどといってみた。

お姉さん!見上げた慧眼!あのポイントにテント設営とは。これも伝えられない、のだ。

週が明けて火曜日に公園の事務所で外人さんの話がでて、テントサイトNO54の女性かときいたら、NO54が指定だったといわれる。偶然の慧眼ではなかった。炊事棟の谷のファンがいた。と喜んだ。が、受付された職員さんは、日曜日の夜のキャンプだと、話す。連泊かときいたら、日曜の夜だけだった。
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綺麗な人だった。加えて緑色のシャツにピンクのチョッキが印象的だったと、言われる。その印象はオレと同じ。しかし、ですよ、オレは土曜日に広島に帰って日曜日はいなかった。
このごろ、こんな事が続くのだよな。

炊事棟の谷の神様はブロンドってこと、だったということ、です。
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by forumhiroshima | 2014-07-24 01:08

ひぐらし

みのきの自転車整備のボクのワークスペースです。コーヒーもできますよ。
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作業が終わって、掃除して「アラブの王様」の宮殿に。持ち込んだ炊飯器のスイッチを入れ、ペチカに薪を重ねて、公園のお風呂へ。
事務所にお風呂使う御礼によると、この公園周囲で行方不明になった捜索があったそうで、警官が森に入るとき、宿泊者はナイと伝えていたのだけど、炊事棟のベッドを見つけて、尋ねにまた事務所によったと話された。「土井さんの仕業でしょう。」と笑っていた。ホームレスホームとこれから呼ぶそうだ。「宮殿」ではないのだ。

夕陽が森に真横に差し込む。カナカナと遠くでヒグラシが泣き始めた。7月に鳴き始めるヒグラシは、よく晩夏のセミといわれるが、梅雨明けのセミだ。

気温によって鳴き始める。寒い昼間も、涼しくなった真夜中でも、近いと、びっくりするくらい大きな声でなく。彼らは夏の終わりにほかのセミがいなくなっても鳴いている。梅雨明けから秋を待っている、という。秋のさきがけ、という鳴き声。梅雨明け宣言のカナカナカナ?カナ。
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その“日クラシ”のホームレスホームのペチカに火をいれる。炊事棟の蛍光灯もセンサーで自動点灯した。この蛍光灯が気になる。が炊事棟にスイッチはない。全体の電源は切れる。そこで、小さな冬テントの暖房用も兼用できるプロパンのランタンストーブを持ってきた。蛍光灯が消せる。
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あたらしくラジオを買って持ってきた。森でもNHK島根のFMが聞けるときいたから。作業中のBGMに求めた。すっかり暗くなって、ペチカの薪の炎も小さくなった。炊事棟の電源を切って、ランタンストーブに点火。夕闇がいっきにペチカを包む。

「空き地はかなり広く、中央がくぼ地になっていて、そこには泉がわいていた。そして泉から一すじの流れが、落ち葉の積もったあいだを海の方角へ、ためらいがちに流れている。海に面した森の一角からは風が吹き込み、枝葉がたえず騒いでいたが、海は狡猾なけもののように姿を隠していた。そこにはなにもなかった。・・しかし、この森の中に立ったとき、・・この時ほど私は、自分の心が周囲と一体化していると感じたことはない。いや、私は、樹や、風や、光そのものだった。・・自分を壊れた機械と考えている私に、ごく束の間ではあったけも、充足のグリンプス(一瞬)のごときものを、感じさせてくれた。岡谷公二」
岡谷公二が沖縄の御嶽の森のグリンプス。ここ、もみのきの森で、充足の一瞬を小さくしたペチカの炎にみいだせないだろうか。

この森の木漏れ日は美しい。それほど木々の茂りの有様はまだ若いということでもある。夜の闇に木々をクログロと染めてしまっていても、そのどこかを厚い雲の後ろに出ている18日の月明かりの白さが通り抜ける。この森の闇はやさしい。「沖縄で人々は森を“くさて”の森という。“くさて”とは母親に抱かれるように、神に抱かれ、膝に坐って腰をあて、不安を感じずに安心しきっている、 沖松弥秀・神と村」この“くさて”を思い浮かべさすこの森の暗闇へむけてラジオの音響をむけてみた。

抱いてくれる神はきっと夜は出現しないだろう。そのかわりに魑魅魍魎、妖怪変化そして物の怪、皆々様のご出現をねがって、ロックでシュールな舞台を期待して、音響をおおきくした。ときどき南区の家にお化けが出現したりする。その当人と話もしてみたかった、

FMラジオが流していたのは、「ツゴイネル ワイゼン」の特集だった。世界のバイオリンニストの演奏の連続。20世紀初頭、というより、倉敷・大原美術館収蔵品の年代といえば自分はわかりやすいのだが、今の“CG”ばりの、“印象派”の出現だったころのサラサーティの作品。大原の絵画が知らせてくれるその20世紀初頭の時代のにおい。そしてツゴイネルワイゼンは放浪のロマ人、以前の言葉でジプシーの曲。彼らは中世、魔法使いとされた。魔法使いでもいい、出現しないだろうか。

大阪、日本のロマ人が居住するとされる河内の東の壁の生駒山の峠を北からそれぞれ走っていた頃、その中の十三峠へは、俊徳道とよばれるルートをはしった。俊徳丸という盲目でライ病になった人が車台に坐って街角にいると、人々がその引綱をとって四天王寺方向へ引っ張る。自分に都合のよい場所で綱をおくと外の人が変わって引く、という道が俊徳道。まるで“くさて”の社会があった場所。謡曲・弱法師、小説・身毒丸とも表現されている。道は司馬遼太郎さんの家のそばを通る。
帰り道、この道のイカ焼きののぼりのある店によった。食べたことなくて、腹がペコペコ。店はこれまで使われていただろう事務所をそのままで、ガスで焼く鉄板がポンと隅にあって、四十歳台のジーパンに「海人」の黒いTシャツの主人。業者が機械と冷凍イカと粉をセットでもってきたのを、そのままで営業ってお店。
ラジオからツゴイネルワイゼン。主人が「お客さん、このツゴイネルナントカは、愛が思い出になると新しい愛が生まれる!って曲でっせ」といきなり。この人小説家希望かと、そばの本は週間実話。
ラジオは吉本の芸人たちのオシャベリに代わっていた。芸人だれかの出囃子がツゴイネルナントカだったようだ。「思い出のあとの愛はどうですか?」「なにいってまんねん。最初がおまへん。」たのしい思い出です。イカ焼きはひどかった。

ツゴイネルワイゼンの番組の最後に、1904年モノラル、サラ・サーティ演奏がかかった。サラサーティが10歳で演奏したご褒美に女王イザベルⅡ世からもらったストディバリウスでの演奏。いよいよ、魑魅魍魎、妖怪変化そして物の怪の、お出まし、じゃないかい。なにか期待が膨らむ。

厚い雲の空夜は夜深くなって十八夜の月明かりがまた白さがこくなった。黒い木々の枝の交叉する向うに白は衝き通って、そこから黄色の光が、提灯をもって黒い山道を九十九に降りてくるように、フワーフワー。右に左にフワーフワー。
提灯の持ち手は、ダレだろうか。ここにも、あそこにも、降りてくる。提灯だけが頭そばを抜けてゆく。持ち主はどこだ。
自分はいま、すっかり、ゆるやかに何かに包まれているようだ。透明で暖かい「ナニカ」に。
暗闇の森の奥に「ドンドン」イケ、いや、歩けますよ。「ナニカ」で、いま自分は優しい気分なのです。怖さは微塵もないのです。

写真を撮りたくて、デジカメを探していて溝でころんだ。草むらの顔のすぐそばの繁みにチカチカとブルーな光が点滅する。立ち上がると、フワーフワーの下でそこかしこで、チカチカ。
やっと探したデジカメは工事用防水機能つき、だがこのひそやかな火祭りは写らない。デジタルはゆうこときかない、ものだ。とりあえず、暗闇にバシャ!。
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宮島でチカチカのホタル・ヒメボタルが見つかって、また、鳥取・大山でも見つかった報道が先日新聞にあった。この森で数年前にヒメボタルを発見した、OKさんに電話した。
「土井さん、日曜日の夕方そこで会いましょう」やっぱり、福山からくるのだ!。「やっとの休みが日月で、泳ぎたいし洗濯たまってる。で、ゴメン。楽しんで」
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by forumhiroshima | 2014-07-20 19:19

もみのき・森林・杜

サイクリングコースは出来て20数年になり、草刈などをしないと、ロードで使うコースにならなくなってきた。今年は特に森が強い。草が成長してる。公園に人たちも同じように感じていた。
9月のモミ耐の前の整備が大変になりそうで、そうなら来園者の多い夏休み前に一回やっておこうか、と決めた。

公園のレンタサイクルも設立当初は200台ちかくあったが、今稼動は40台そこそこ、多くは未整備としてレンタサイクルセンターの天井のフックに引っ掛けられている。レンタ希望のお客さんが、1時間待ちってことも、お客さんが多いからとはいえない。

おまえ、整備しろ!と話になった。未整備の自転車がたくさんぶら下がっているサイクルセンターでお客さんを待たせるのは、きっと心苦しいのだろう。天井に自転車は使えないの?と思われる。ここには専任の担当がいないし、まるで自転車をプラモデル修理みたいな扱いで、中途半端な手助けはできないと思っていた。修理しても、また天井に戻ってしまいそう。そうなると、責任がコッチにきそうだ。クワバラ!

が、押し切られた。より公園の人たちがみんな、こっちを見ている。ならば、条件をだした。約10日かかりそうで、その間は森に真ん中のキャンプ場の炊事棟で寝泊りさせろ!。
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アラブの王様の寝室。公園に転がっていた白いシートを炊事棟に中に張って、雨の振込み防止にした。もちろんドラムカンの夏なのにダンロ、王様のキッチンは公園のプロパンセット、お風呂は公園にあるが、炊事棟にジャワールームと充実した空間を作った。
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岡谷公二1929年生まれのフランス文学者・美術研究者がおられる。民俗学者でもある。2009・原始の神社をもとめて、2013神社の起源と古代朝鮮と平凡新書がでて、引き込まれた。半島から南海諸島までよく歩かれている。ここが好きだ。

「私は、森のほか何もないのが、神社の原初の姿だと信じている。それは私たちがかって、神を迎える空間に、人工のさかしらを持ち込むのを忌んだ、ということである。神を称えるために、天をも摩する大聖堂をきずきあげた西欧の心性の対極にあるこのような心性は、今なお私たちの奥深くひそんでいて、日々の営みになんらかの影を落しているように思われる。神の森、森の神 岡谷公二 昭和62年」
先日スペインのサクラダファミリアの完成予想図が発表された。尖塔の集まった巨木の森のように見えた。その中央にもっとも伸び上がった巨木な尖塔がたっている。2026年完成予定だ。西欧にも森への信仰があるのか。

「森の信仰といっても、御嶽のように、森が作り出す空間を尊重する信仰と、巨樹信仰に分かれるようだ。両者が起源を同じくするのか、もともと異つた信仰なのかは、私はわからない。神の森、森の神 岡谷公二」
「通勤電車の窓から外を眺めていて、びっしりと立ち並ぶ家々のあいだに、折々小さな森を見出すことがある。周囲にいじけた木々とは比較にならないほど高く大きな杉、椎、銀杏などが茂りあって、屋根の海に浮かぶ緑の孤島、といった姿だ。こうした森は例外なく、今は大都市圏に組み込まれてしまったこのあたりが、かって村だったころ村社の森である。数百年前の昔から地価高騰の現在まで木々が伐られることなく、保存されてきたのは、信仰の力であろう。こうした森を見るにつけ、私たちと樹木や森との因縁に深さを思わずにはいられない。神の森、森の神 岡谷公二」

自分は通勤電車でなく、自転車でこのか細いが失われなかった森を見出した。土地有効化、合理的効率化とが、ともすると忍び寄りそうな、もういくつもの森がこのお題目でうしなわれてきたのだろうが、自力走行の運動の最中から眺める森の景色が、ふるい鎮守の森としてでなく、経済原則を超えた、まったく新しい感覚の景色ではなかろうか?と考えさせられている。

もみのきの夜に昨晩、雷が響いてくた。ここは畜産牧場として開かれ、のち閉鎖され、そのあと自然公園に換えられて開かれてきた。牧草の丘に木々が自然発生して、三十数年の森。極相の森にはまだまだの森。木漏れ日の美しさが、この森も支配する巨木や同種の植生としての一族が出現してない証に思える。
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この森に一羽の大きなカラスがいる。大きいから老カラスであろう。この森で弁当をとると、すこし残して岩の上に置いておいた。カラス・老女とおもってる。いつも必ずどこからか監視している。そして、フワーと飛んできてサッとさらってゆく。

サイクルセンターへ早く行かねば!と寝場所を整えていて、老女の存在をすっかり忘れていた。雷の後の朝すこし走ってかえると、炊事棟に一本の大きな羽が落ちていた。彼女からのサインだ。
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この森を彼女は、支配しているのだ。昨夜の残りのおでんのスジを、炊事棟から100mほどのむこうの岩に置いておいた。10日間、よろしくお願いします。
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by forumhiroshima | 2014-07-17 03:09

やまほうし

もみのき公園の入口の池のそばに“やまぼうし”が二本。濃くなった緑の木陰をバックに真っ白い花で覆われた二本がきわだった姿でお出向かえだ。このごろ街で見かけるハナミズキが親類だという。湿気の多い場所で成長する“やまぼうし”も文字どうり「水木・ミズキ」だ。
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先日レース会場でOOさんが「土井さん行きますよ!」と声をかけてくれた。もみのき耐久レーススタッフに案内した、もみのき公園のコース整備への参加表明。
コース整備は、草刈、高圧水流洗浄、強風でのブローを6.2km、4日かかる。すべて歩いての作業で、小さな路面の亀裂の中にがんばっている草をカットし、路側のコケを洗い流し、砂を吹き飛ばす。なかなか進まない中、どうしてこんな作業をしているんだろうか?と、小鳥の声の中の森で考えたりする。

公園で作業は平日に限られる。仕事をおいて、作業に参加を求めるのは申し訳ない。でも、作業するよ!と声がかかる。それならと、去年からスケジュールだけ案内させてもらっている。

OOさんは、指切断の事故にあって、仕事もかわった。それがストレスになったのか、精神的にまいってしまった。その治療があっていま休業している。MTBの勃興期に“ロンプス”という全日本覇者をだしたチームの創設グループの一人で、二人の息子を自転車乗りにして、次男がインターハイの個人ロード覇者。とっても自転車人生な人で、音楽家でもある。多才な分ストレスが大きいのかもしれないと、思っていた。

「土井さん、ここの森がすきですよ。それに家の小さな庭に生える雑草と戦ってますから、私にお任せですよ。」と、治療中とは思えない力強いお言葉。
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が、しかし、路面整備というレベルの作業じゃないと、思う。“森”からコースを切り取る作業だ。“森”は決してコースの存在を認めていない。つぎつぎと路面に命を送り込んでくる。絶え間ない。火曜日に切り込んだ雑草がもうレース前日の土曜日には路面より大きくなってしまう。

「この森すきですか?」と、隣で並んでブローしているOOさんに質問しそうになるが、作業をきめて召集かけたのは、ダレ!ですよね。
自転車乗りは自力走行主義者だ。身体動いてなんぼ1の世界でいきているのだから、作業に背を向けられない。向けたくない。登りのもがきみたいなものだよ。ナンテ!!

土曜日になると、福山の高校の先生のOKさんがやってきた。新しく考案した軽四に積んだタンクと高圧洗浄機が主役。苔を弾き飛ばす、予定がとても苔ががんばって路面から離れない。愛し合っているから、ジャマしない程度と、作業レベルを下げることに。
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洗浄作業より先行するブローも、草刈で刈り取っていた、細い雑草のハッパが先日の台風の雨でながされて、それから乾燥して、路面にこびりついている。これも愛し合っているので、レベルダウン。作業が終わった路面を細眼にして眺めると、とてもキレイだ。
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夕方、OKさんがソワソワし始める。彼は作業参加のほかに、楽しみがある。この季節勝手に宿舎にしてしまっているテント場の炊事棟の周辺に森のホタルが飛び始めることがある。彼は以前に森の奥で、ホタル(きっと姫ホタルだろう)が風にあおられて、プラネタリィウウム状態にであった経験をいつも興奮して、幾度も聞かせる。ホタル火柱が出現したという。えーっと、誰かの小説にあった、よね、この柱のこと。見たかったな。

OOさんは禁酒で炊事棟からさると、Tさんが現れる。明日のイベントのためやってきて、焚き火のそばに座り込んで飲んでいる。禁酒の私に、無理やりのバーボン(歓迎)。OK氏はソーっと暗闇に消えてしまっている。夏でもドラムカンに焚き火。
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夜半にパラパラと雨が降っている。森が湿気で重くなっている。重い湿気を含んだ風が呼吸で身体の奥底まで届いている。肺が開放される。バーボンがなくても、森に取りこめられた自分を感じられる。

四日の作業は、森から路面を切り取ることかとおもっていたが、路面の雑草や苔をむしゃくしゃと食べることだった。森に住んでるクサカリムシになっている。コース走りに来る人たちもきっとモリハシリムシになって、この森の住人になるだろう。だったら作業レベルが低下してても気にならないよね。

朝、森にガスが流れている。森をたたく雨音は金管楽器のシンホニーに、にている。どこか面がたっている音が飛び交う。コースは川のラインに光っている。薄緑のハッパが雨になってその川に浮かびだす。森がコースを抱きしめてしまった。ヤマボウシは山法師、山を守る僧兵なんだ。武器は雨。
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by forumhiroshima | 2014-07-15 00:40

子猫 竹の桶 発掘現場

朝の黄金山のもうすぐ山頂広場という南斜面のコンクリートの壁の側溝にちいさな白色の子猫がいる。ここでは生きていけないだろう、が、いつもいる。なぜ、この風の強いここにいるのか。ふと、おもうことがあった。が忘れてしまっていた。ただ、彼?はなにかを探していた、ことを覚えていた。

それが、子猫の問題をここに書く気になった景色にであった。
いつもロードがペダルをギッギと踏んで登ってきて、山頂広場の奥で汗をふいて、また下ってまた登ってくる。ケイリンS級パンツの星マークがすこしくたびれている。激しい練習が星を削っている。
そのロードが下ってきて子猫の横に止まった。サドルの後ろの小さなバックから、キャットフードだろうか、つまみ出して尾っぽを真っ直ぐに立てた白色の足元にそっと置いている。点の白色のいる側溝に朝日がそこに差し込んだように、オレンジ色の景色に替わった。彼?の探しものがわかった。

先日、深川から三篠川河畔を走った。広島城の普請にあわせて吉田の町から三篠川ぞいに広島までの道の整備がおこなわれた。1589年と記録にある。
まだ上根峠の道は開かれていない。まして鈴張峠は存在せず、この二つの真ん中の可部山を越える可部峠があった。道は軍用であり、集落の道は畦道が使われていた。
1589年整備の吉田と広島の往還路ははっきりとトレースできないのだが、広島市の歴史街道としての調査報告がネットに掲載されていて、そこから今の1/25000地図に落して向った。
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このルートは三篠川の両岸にあるのだが、右岸の地図にある破線とそれもない位置に赤鉛筆で書き込んだ。幾度かこの右岸を探検したことがあったが、道は見つけてなかった。が、調査報告にはあるのだ。ワクワクで、久しぶりの自転車が苦にならない。
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報告書には解説も詳しくて、探すのには難しくなかったが、入ってみてビックリ。雑木林の中の厚い落ち葉をラッセルするように進まなきゃいけない。斜面の落ち葉は自転車をずり落す。そばに川面が光っている。そして小さな集落にでると舗装路につながる。これを三度くりかえして、とうとう行き詰まった。そして引き返して橋を渡って左岸にで、次の橋で右岸へ。
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橋を渡って小さな道が斜面を登っている。それしか道はない。斜面の上に小さなお堂が建っている。報告書は観音堂と記載している。周囲にはなにもない。橋から右岸をたどるルートは見出せない。報告書はそれは詳しくなかった。探す情熱も失っていた。自転車の前ホイールをすべって岩にぶつけている。気になる。それも落ち葉の赤鉛筆のルートを探さない訳でもある。

観音堂へ参った。さきほど引返した集落で尋ねたおじいさんは、この観音さんに沢山の参拝者があって、河畔のルートも賑わっていたが、参拝者のためのの橋ができて歩く人もなくなったと。ルートをさがせない訳をみつけて、橋から川上へのルート探しは決定的に放棄された。橋はお堂の専用道でいまもそこにある。
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観音堂の正面の縁側に小さな新しい竹の桶が置いてある。そばの草を一本差し込んで写真をとった。いまもある参拝者の置き土産なのか、新しい緑がすこし暖かい。橋はいまも生きている。
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黄金山の北斜面に古い墓地がある。本浦の集落の共同墓地で、その中央に観音寺がある。この名を黄金山観音寺とよびここから黄金山の名がでたという伝承があって、黄金山は広島市民なら皆しっているぐらいに知名度を作った古くからの寺だ。その寺の鐘が6時きっかりに鳴る。寺は無住のようでだれかが朝でかけて、鳴らしておられる。その人物に逢いたかったので、時間を合わせて向った。
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30まえの若い人で、やっと間にあって、挨拶したとたんに、すり抜けるように行ってしまった。
寺そばに六地蔵の祠がある。いつも掃除されている老婆がおられ、挨拶のとき鐘つき男(ひそかにノートルダムのいい男とよんでいる)のことをきいた。近くの人だとだけ、教えられた。いつもご苦労さまです。いえ、ここにいると楽しいのです。
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六地蔵の祠の足元に朝の日差しがさしこんでいる。まるで考古学の発掘調査現場です。たたき場のように土が固められて、それが箒で掃き清められている。ウエストバックから取り出したカメラのレンズが汗でくもって、早く撮りたくてシャター押していた。気付くと朝日は雲の中にはいっていた。
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沖縄に”くさて”という言葉がある。御嶽(墓地)を腰当森・クサテのモリという。その意味は「幼児が親の膝に坐っている状態と同じく、村落民が御嶽(ミタキ・墓地)の神に抱かれ、膝に坐って腰を当て、何等の不安を感ぜずに安心しきって拠りかかっている状態 仲松弥秀」
御嶽について岡本太郎は書いている。
「気をぬかれた。沖縄本島でも八重山でも、御嶽はいろいろとみたけれども、何もないったって、そのなさ加減。このくらいさっぱりとしたのはなかった。クバやマーニがバサバサ茂っているけれど、とりたてて目につく神木らしいものはないし、神秘として引っかかってくるものは何一つない。
何の手応えもなく御嶽を出て、私は村の方へ帰る。何かジーンと身体にしみとおるものがあるのに、われながら、いぶかった。なんにもないということ、それが逆に厳粛な実体となって私をうちつづけるのだ。・・それは静かで、幅のふとい歓喜であった。
あの潔癖、純粋さ,神体もなければ偶像も、イコノグラフィーもない。そんな死臭をみじんも感じさせない清潔感。
神はこのように何にもない場所におりてきて、透明な空気の中で人間と向かい合うのだ。岡本太郎」

岡本太郎は、「透明な空気の中で神とむきあう」世界は縄文時代の人々からのこの国の空気だといっている。
お地蔵さんや観音さんとよばれていても、その仏たちは、古い古い、そして今とかわらない心の奥底に流れる我々の歴史なんだろうと、思わせるこのごろだった。仏でも神でも、どちらでも良かった「安心しきって寄りかかる」ものなんおだろう。私と彼?が重なってきた。
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by forumhiroshima | 2014-07-07 22:43


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