こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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春の竹やぶ

日曜日の朝、昨夜の雨もすっかり上がって、朝日が金属ぽっい輝きになって、くっきりしている。黄金山の麓の竹やぶが若やいで、森の木々の濃い緑から浮き上がって、くっきりと森から切り取られている。
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これからタケノコの季節が到来する予告のように現れた若緑が、タケノコ出産、そののちには白っぽくかわる。それから竹林の落葉の季節にながれこむと、夏がそばにきている。竹やぶの舞台のいそがしい季節の始まりの朝。郊外には竹の季節を楽しむサイクリングが待っている。

「出雲国風土記」大原郡阿用の郷の条の、“目一鬼”の話。農家に息子が一人山田で耕作に出ていたとき、一つ目の鬼が現れ襲いかかった。それに気づいた両親は助けるでなく、そばの竹原にひそんだ。鬼にくわえられた息子に両親の潜むそばの竹がそよそよとうごくのが見えた。息子の口から「動動・あよあよ」と言葉が漏れた。このことで、この地が阿欲・アヨとよばれ後に阿用に改められた。
息子は両親に動くな!アブナイ!と言いたかったのか、自分たちだけが助かろうとした親たちが悲しかったのか。両親を気遣った言葉に違いないと確信している。出雲だもの。

今も阿用川が流れる阿用と呼ばれる土地がある。川は南北に開けた広い谷をながれている。そこに竹林をさがしてウロウロしたことがある。出雲の早春に空は輝きに恵まれてはいなくて、鮮やかに森から際立つような竹林の輝きには行き当たらなかった。川を挟む東西の尾根に南から差し込む山陰のう
す曇りを抜ける日差しは、際立たせる力がなかったのかもしれない。風土記が書かれた8世紀の竹などもうない!とは思っていたけど・・・。

温帯の国のタケは地下茎を移植されて広がってきたといわれる。花がさき身がなるが、花は一世紀に一度ほどの開花だといわれ、種になる花は数千分の一だそうだ「室井綽・竹」。そうなると、竹やぶはいつか誰かが運んできたことでそこにあることになる。
この思いは景色の中の竹やぶにどこかの人の汗の匂いを感じさせたりする。早春の華やぎの出会いに、その思いが繰り返し浮かんでくる。誰が運んできたのか?

3000年前の縄文時代の青森で漆塗りの竹の籠や櫛が見つかっている。が、青森の気候からして、南から運ばれた商品では、ともいわれる。その商人は荷物のなかに竹の地下茎をひそまして、竹栽培の好適地をさがしていたのかもしれない。彼らも竹の繁茂のを推し進めた人々にちがいない。

この日曜日、我APそば、大河漁港の漁協の水産祭りが開かれている。
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ぶらぶらと歩いて向かった。
生海苔の味噌汁と殻付き牡蠣焼き、無料配布が目玉で、小さな賑わいが固まって港のそばに生まれている。海苔は江戸時代からの伝統がこの港にはあるらしい。味噌汁は潮臭さがうれしい。
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生簀の活魚販売。生ワカメのビニール袋詰め放題¥300が目玉。が既に詰め込まれた袋が渡されるが、誰ももっと入れてくれ!とねだっている。お願いしてみた。とても食べきれない量を渡された。さて、どうする。
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周防大島の東端の日向泊の海岸道路でおじいさんがワカメを干しているのにであった。この海岸には地元しか入れない、ひじきの岩場もあり、早春には、そのそばの海に腰まで入ってワカメが刈られる。海際の道にはそれらの獲得品が干される。潮香にむせぶような、そして甘い味わいのそれらは北海岸の伊保田の漁協の事務所で売られている。事務所のドアを押すには最初ちょっと勇気が必要だ。個人に一つでも売ってくれるだろうか? がその勇気は自宅の食卓で十分に称賛することになる。

ワカメ干しのおじいさんはあまり真水で洗わずに干すことがキモ!だといっていたことを思い出して、欲をだして、手に余るほどの生ワカメを小さなベランダにそのまま干すことにした古代の藻塩製造を連想する。ベランダの昼過ぎにはワカメはすっかり乾いて、手に取るとパラパラと崩れる。口に含むと、「飯!」といいたくなった。
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干したワカメの向うの家の小さな庭の一本の竹が若草色で風に揺れた。
筍とワカメの若竹煮が出番が近づいた。生若芽を冷凍して竹の子の出番までまっていることにした。
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港のそばの住宅街になった丘にも竹やぶが広がっている。カキいかだ用でここに植えられたのだろうか。大河漁港の人々の昔が、風にゆれ、祭りの大漁旗がそれを追っかけて揺れていた。
牡蠣いかだに使用するモウソウ竹は江戸時代にもたらされたという。モウソウ竹を持って広げた人たちは、まだ特定できそうな、それを追っかけたいような、妄想が始まった。
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by forumhiroshima | 2016-02-23 11:14

遠い、遠い、記憶の島影を見る

土地の名は最初のパイオニアたちの開拓の場所からと、「叫び」の波紋のように拡がって、競合する地名を消してゆくと言われる。残った地名が後日引き継がれ、そのあたり一帯の地名にされる。

ならば、「広島」という地名のスタート地点はどこなのだろうか?古地図に小さい地名で「広島」と記載されたものにお目にかかっていない。

福田 俊司という写真家のアルーシャン列島の景色作品のを見たとき、広島市内・比治山の谷の景色が浮かんできた。といっても、激しい妄想の力をもってしか、浮かんではこないのだろうが。

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今は消えてしまっているが、市内に古地図に記載されている島がある。古地図にその島は「亀島」と記載されて比治山の南に隣接するように書き込まれている。名前から亀の甲羅のような形の島だったのだろう。

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亀島があったかどうか、は今の地図では、また町名などにその痕跡を見つかられなかった。が、大河から比治山への古道のなかに、先日亀島往来道の名を見つけた。記憶は消えてなかった。

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比治山の南海岸に南に開かれた谷がある。この谷に浅野藩の御用医師の栗原休庵の別荘があった。この谷は休庵谷と呼ばれていた。休庵が広島に来たりとされている1619年は浅野氏が安芸国藩主として入国した年になり、休庵は和歌山から藩主とともに移住してきたのだろう。休庵はここに庭園を設けていた。彼が庭園を設けたころ、まだ亀島はそこからの景色にあったのだろうか。その景色が、福田氏の写真にダブっている。

休庵谷は広大病院へ東に入るバス通りの交差点を逆に西にむかって、坂の上りのトップで入口の三叉路に出会う。ここは車止めがある車道が山頂へループで入っている。比治山に階段のない、自転車を乗って登れる四つの坂道では、ここが最も走りやすい。広い奥行の谷の奥で道は斜面をゆったりとカーブしながら上がってゆく。春には山頂で桜の林にみちは吸い込まれる。ただし。ゴミ置き場の前を通ることになるが。

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この入口に縄文時代の貝塚遺跡の標識がある。

当時は太田川の三角州が発達しておらず,貝塚は広島湾奥の島の汀線付近にあったと思われる。戦時中の軍の工事によりその主要部分が破壊されたが,昭和2324年(19481949)の調査では,地表下30cmに厚さ約1.5mの貝塚が確認された。貝層は,上・下の2層に分かれ,上層から縄文時代晩期前半(約2,500年前)の灰褐色磨研土器,下層から縄文や同心円状の磨消縄文をめぐらす縄文時代後期後半(約3,000年前)の土器などが出土している。石器としては,石鏃(せきぞく),石匙(せきひ),漁網に使用される石錐(せきすい),自然遺物としては,シカの骨,タイの骨,ハマグリ,カキ,アサリ,シオフキなどの貝類が出土しており,狩猟や漁撈を中心とした生活が明らかになった。 広島教育委員会HP

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広島県での縄文遺跡で広島湾近辺では、この比治山遺跡だけが見つかっている。ここが「広島」の曙である、などと思ったりする。

段原交番の柳の西側、近年造成された住宅地に、以前比治山女子学園があり、そば南側に庭のある古びた壊れそうな床がきしむ料理も酒も安い料理屋があって、運動部の学生たちの飲み会の会場に使われていた。

その庭の奥まった谷に「比治山の一溪に茶室を新築し、花木を植え・・その眺望を佳ならしめ、藩主在国の時はしばしば此処に遊び幽邃閑寂の気を養う、元禄十二年閏年九月朔日に至り不用に帰し比の亭を崩解す、後世此の茶寮跡をお茶屋谷と称す、 広島市史・大正十一年刊」

香浦(ニホウラ)と呼ばれた猿猴川河口の広がった海に、浮かぶ馬の耳のような峰二つ(黄金山は馬耳山だった)を背景とした砂州が伸びてつながる。縄文の人々たちが、ゆるやかに、豊かに暮らせる場所。それは今の自分にとっての桃源郷に思える。

自転車旅行は、時として懐かしい、それはずーと昔からの、懐かしい景色を呼び起こしたりする。とても、いたずらな時間が通り過ぎる。

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1945年8月6日 原爆投下の朝、被爆した多くの人々が比治山に向かったと、宇品で被爆した父が語っていた。
なぜ、山へ人々は向かったのだろか。
「ヒジ」には水を語ることばだという。
袖ひぢてむすびし水のこおれるを 春立つけふの風やとくらん
(夏にの水組みで濡らした袖が冬に凍った それを今日の春の風がとかしてくれるのだろうか 紀貫之)
被爆の痛みに水を求めて山へ向かった人々に、水の匂いが比治山から漂ったのだろうか。浅野のお殿様のお茶の水がここにあった。


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by forumhiroshima | 2016-02-03 09:55

海が割れ、道ができる、ノヨ!

先日は寒かった。ボロアパートはむき出しのコンクリート壁で、とても寒くて気持ち エエ?カ!

寒いと思い出すのが、比治山の東の段原交番よこの柳の古木の麓の水仙。同じ環境生活?仁保島の古バス通りの蝋梅は咲き始めた。早くも梅も開いてきた。水仙、咲いているかな?

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交番は好きじゃないけど、柳の古木の鎮座を警護しているようで、そう考えると古木が凛々しい。柳が早春に薄みどり色の若葉を風にゆらせる景色は、特に夕日の残っている夕暮れが薄い緑の濃淡が際立っていいと、思っていたが、若葉は柳の花だという。3月の開花が楽しみになった。

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水仙は先日の降雪で首を垂れていた。


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柳は地下水位が高く、日当たりがよい場所、荒れていて小石の混ざった土地でも成長できると聞く。胴回り1m以上もあるこの柳はとても長い時間をここですごしてきたのだろう。その地下には豊富な水が絶え間なく長い時間流れている証。

面白い記録があって比治山と黄金山の仁保島がつながったのは江戸時代・寛文21662根とある(仁保島大河十軒屋誌)。普通はきっちりと年が記録されることではないだろうに。そのつながった土地は元禄121699年から年貢が徴収された。

大阪の淀川が生み出す砂洲の収穫へ課税は満潮時の海面より土地の標高が25cmほどになってからと、定められた。平安時代初頭の取り決め。

比治山、仁保島間に砂洲が伸びてつながった場所は柳の鎮座するこのあたりではなかったのでは、と思いが膨らむ。そこに畑がつくられ収穫されるのに三十数年の歳月があって、そこに城下への道が踏み込まれた。

島と島がつながる景色の手がかりかとおもえるエピソードがここに残っている。

霞町の2Rのホットモットと吉牛の西の交差点から南、黄金山の高台の住宅地の中に木立の繁みが濃い丘がみえる。緑の中、赤い鳥居と小さな本殿が長い石段の先にある。十軒屋稲荷神社でこの麓は十軒屋の地名がいまも残っている。この地名の由来が「大河地域誌」にある。

[元禄51692年浅野藩四代藩主が蒲刈島から島民十戸を移住させ、同じころ京都・宇治かた茶人を招き、比治山の谷に住居を建築、茶室も新築された。そこからの眺望の景色の一つとして十軒の民家が置かれた。十軒屋にも藩主休憩所がつくられ、西隣の大河の集落には藩主用の岩風呂も造られた。]

よほどの美しい光景はそこにあった、のだろう。水墨画の景色をお殿様は再現しようとでもおもっていたのだろうか。博多・志賀島の海ノ中道の写真からでも、このつながった島の景色を想像してみる。志賀島への砂嘴の先に鎮守の海神社と、この稲荷が重なった。

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広島城から十軒屋へ「往還道」が通っていた。往還道とはお役人が通行するときめられたルートの名称で殿様往来の道で、ちょっと庶民にはうっとおしい道、そこに宿舎等が整備されると、街道とよばれる。この道が比治山側から仁保島の山麓にぶつかるり進むと、細い小さな急坂があって、その坂をつくっている岬を殿様山と呼ぶ。坂をだらっと下ると山麓にへばりつく地蔵堂と黄幡神社の境内に入る。

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ここが島の時代のもっとも古い波打ちぎわの汀線になるという。この浜から大河の集落が広がった。住宅に囲まれた路地の黒塀、見越し松にいまも江戸時代が漂ったりする。返して、この往還道は途中の、広大病院の敷地に消えてしまっている。が、また表れて、交番の柳にでてくる。

往還道が通う比治山山麓にも黄幡神社があった。今のモスバーガーあたりか、杉姫稲荷神社かともいわれる。比治山西山麓の比治山神社はこの黄幡神社が移転された。比治山と仁保島と両端に黄旗神社が鎮座していた。海が割れ道が現れた“神威”への人々の驚きを感じる。

現れた道は、往還道と平行してもう一つ踏みこまれて表れた。殿様山と呼ばれる岬の先端からそのころの波打ち際に現われ、比治山の南端へ向かういまの旭町バス通りになったルートだ。この道を「大河道」とこのあたり一帯は高層ビルは広大病院のみで、空が広い。茫洋としている。

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日清戦争開戦の1894年に鉄道宇品線の建設がはじまり、広島駅から埋め立ての始まった宇品の鉄道路線は往還道をなどって設計されている。そこは湿地帯の中でも安全な地盤があった。1904年の日露戦争開戦に国会議事堂が広島に移転された。いまの立町電停付近の広島市水道局と市営駐車場のあたりが国会議事堂だった。それに合わせて宇品線の周囲に旧陸軍関連施設が建設される。きっと農地にはなっていても、湿地帯で民家も少なかったのだろうか、それとも国家権力の強さからか、この辺りに集中して各種軍施設があらわれる。明治36年ごろの地図にはまだこれらの施設は現われていないが、仁保島と比治山との間に畑のマークが記載されており、乾燥した土地があらわれていたと想像できる。海中から現われた道、このことも、“海が割れ”た証だといえないか。

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往還路の跡の道も大河道の跡もこのあたり一帯の埋め立て事業で直線に整備されて、今はR2国道に分断されているが、その面影が残っている。その事業が、海が割れ道ができた、神威の姿を消し去ってしまった。

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by forumhiroshima | 2016-02-02 06:17


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