こひちろうの独り言 |
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このごろはやりのパワースポットとか心霊スポットとは、面白そうだけど。自転車走っていて、ここ、「オカシイ!」って場所に入り込むことがある。
戸河内の町は吉和川と柴木川との合流地点に流れがはこんできた堆積地にあって、川にそって東西にのびてある。中世この地を領地として開拓しただろうといわれる「栗栖」氏一派は紀州・和歌山からとも山城・京都からともいわれる出生地の栗栖をなのった武士たちだという。厳島神社の神領であった。 「中世武士団の跡を訪ねてみますと、山を背負って、南に開けた台地に領主の館があり、その南斜面に家来たちを集めるという形になっています。そう思って見ますと、今までごく当たり前の、平凡な景色であったところに、幻のように領主の姿が浮かびます。・・・武士というと、つまり兜の緒をしめ、鎧をきてとか、華々しい姿を思い出します。しかし館跡にたってみますと、彼等はむしろ戦闘のプロとしての武士ではなく、農場経営者だったのだなあ、と思えてきます。それも不在地主でなく、土地に密着していて、”おまえ、このごろあんまり田んぼで働いてないではないか、などと言ったりするような一面を持っていた・・永井路子」 加計からここまで殿河内の集落も、土居という地名は堀をほった土を積み上げて、囲んだ館だという地名の集落も南の斜面のすこし高い場所から川を見ている。 しかし、戸河内は二本の川の合流地点に、北斜面にほとんど川面の高さで家並みを作っている。通りはまるで豪雨増水の際は水路です、となろうという「男前」な町だとおもう。 ![]() でも、すこしの防御もしてある。南から通り真ん中にはいる川の川床はしっかりコンクリートで固められて、スイスイとサッサと流れる。留まらせない。 ![]() 戸河内には橋を渡って入り、橋を渡ってでる。その出口に心霊スポットがある。増水した流れが合流地点でぶつかり、渦を巻く。進みたくても、渋滞高速道路状態。この渦が山を削る。そこに遊水地が水が引くと現れる。渦はそこにたくさんの土砂を残し、土地を出現させ、次の豪雨には消え去ってしまう。「神業」。ここに天神をまつり、墓標をたて、茂みにいくつかの石つくりの祠を設置する。そして、神々の怒りの訳を聞く。この神の声を聞くためにこの町は家々をその下流にさらけ出して、身をなげだし、耳をすましている、ようだ。 ![]() ![]() 渦巻く流れが留まる河原はひろく、その中央に中州をつくっている。戸河内の戸はトバのこと入口。吉和・ヨシワ、柴木・シバキと上流はシワ、シバがつく。複雑な地形が広がった山々への入口の川に出来た中州のところが戸河内ってことだろうか。山々の神への入口ってことかもしれない。 ![]() この広い河原を「遊谷・アソウタニ」という。遊水地ほどの名だろうが、このふたつの遊水地がこの町を守っているのかもしれない。古代に魂の鎮魂を歌う人々がいた。彼らを遊部という。彼らの歌声をこの天神は聞こえてきそうだ。 この山中に「与一野」という伝承が残っている。吉和川を明神から10kmほど山へ登るとこにの那須の集落がある。民家一つ無い、森の中をのぼって一気に開けた小さな天空の盆地。いまは数軒ほど。ここに平家物語の弓の名手・那須与一が備中・小菅の城をでて、この山中へ。ここで生涯を終えたという。その伝承の墓標の場所を「与一野」という。彼ほどの名声も、この山々の神が呼ぶ声には打ち消されたようだ。
by forumhiroshima
| 2010-08-26 10:10
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