こひちろうの独り言 |
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畿内(近畿)できるだけ走って見たい!とおもっていて、先日は西端の明石へ。7世紀の記録にある畿内は道を基準のようで、国境ではない。この記録された畿内は難波を基点にされている。半径60kmほどのエリアのようだ。東西南北の地名が決められているが、北は大津手前の坂、琵琶湖のそばになっていて、東北になる。そうなら北はどこ?と北上してみるうち篠山盆地へ入ってしまった。ここは丹波の国、行き過ぎている。
が、この幅4km長さ、東西に12kmの盆地は、中心のお城跡の観光地をはずして、美しい。丁度田んぼに水は張られて、おおきな湖のような季節で、それが気に入ってしまった。 ![]() 古代ここが湖であったといわれるが、ちょうどその古代の景色のようだ。 古代の湖は西へ湖水をはきだして、盆地となって、そのころ人々がここにやってきた。6千年もまえのことらしい。が、繰り返すが、いまその景色がここにある。盆地も東の河上から干上がってきたはず、でその証拠に7世紀ともいわれる鎮座の神様の社が盆地中央東よりにある。波々伯部神社、ホウカベがそれ。 ![]() 鳥居のそばの掲示には、11世紀からのことを記載されている。 ![]() 中世はいいの!古代ですよ、古代。 それは波々伯・ホウカが波波迦・ハハカのことで、この波々伯部はこのハハカ、これは木のことなんだけど、このハハカに関係した部、つまり古代の役人たちってことのようだ。この近くの日置という地名も日置部という公務員の測量士たちの村ってことだ。このあたりは古代の合同庁舎か? ハハカはウワズミサクラのことで、アマテラスが岩屋に隠れたとき、こまった神様が占いをした。その占いは思金神が担当して、大和の天の香具山でとったハハカの木で、男鹿の骨の裏に溝を掘って、そして焼いておこなった。闇夜のなかの炎ということだ。 天の香具山は古代朝廷の大切な山で、金属それも銅を産出していたのでは?なんていってる先生もある。思金神にも金属の影があるね。ハハカの木は銅を採取する道具の材料だったのだろうか。 のちにこの神社は掲示板のように、八坂神社となったのだろうが、スサノオを祭る神社と姉のアマテラスとの関係もどこかあったのかも。それに古代のハハカがなけれが、この波々伯の名は残らなかっただろう。 境内は杉の大木が林立している。そこに広い広場があって、本殿もその奥に追いやられている。これが、古代の「庭」だろうか、と思った。 ![]() 大木があって、庭があれば、神は祭りに降臨される。とりまく木々にサクラはないが、杉と檜。木肌が真っ赤になっているのが神々しい。 ![]() ![]() 社務所の窓ガラスにお祭りの写真がはってあった。 ![]() ハハカの木はウラミゾサクラとよばれた。それは占いに鹿の骨の裏に溝をつけた形がこの木の木肌ににているからだといい、それがウワミズサクラと変わっていまよばれているのだそうだ。この裏た麗となり咲く麗からサクラなんて、シャレてますね。マジ、ですか?古代から、やっぱり「花はさくら木、・・」なんだね。 神社の社務所のお祭りの写真のとなりに、ここに春やってくるミミズクの写真があった。毎年らしい。神様のお使いにおもえる。 ![]() 見上げても、まだお使いはおいでになってないようだ。ぜひお会いしなきゃ。で、畿内走るの棚上げで、またここに走ってきます。
by forumhiroshima
| 2011-04-29 11:01
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