こひちろうの独り言


マネージャーの独り言を綴ってみたりします。
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メモ帳

阿比留氏と渡辺さん

仁保の漁師たちの対馬への渡海遠征が始まったのは、「釣漁船の対馬への進出は1816年、この年広島藩主浅野氏と対馬の宗氏との婚姻に際して、広島と対馬との船の往来がおこなわれ、船の水夫たちが漁民であったことから、対馬沿岸がすばらしい魚場であることを発見し、対馬藩主に請うて出漁をはじめる 宮本常一・海に生きるひとびと」とある。

仁保からのハワイ等の海外移住の以前に、人々は対馬へ進出していた。この時代を超えて続く遠征、移住にすすむ人々のそのエネルギーの痕跡がここに今、何かないかと、探していた。そこに、対馬の古代の豪族、魏志倭人伝に現れる3世紀の対馬長官の卑狗・ヒコ(ヒク)から時代が2世紀ほど下って資料に表れる国造の「長」ではないか(永富久恵著・古代史の鍵・対馬)といわれる阿比留氏の名を見つけたというわけだ。
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阿比留氏は13世紀に半島と大宰府に無許可で貿易をし、そのことで失脚したといわれる。しかし失脚は政治の側面で、祭事の側面では、対馬の古墳時代の中心地にある鶏知住吉神社の神官として今に続いている。

阿比留氏の表札を見つけてから、秋祭りの季節に入った仁保島の古道沿いの神社をまわってみた。祭りの寄進札や石碑や石の玉垣に刻まれた寄進者の名の中に見つけられなかった。ツーリングは時として、古代との対面を用意してくれたりする、とどこかで夢想しているから。
しかし、対馬と仁保島との接点の証とおもった阿比留氏の痕跡探しは空振りだった。
阿比留の姓は対馬には多い。鹿児島にも見られるとウイクペディアにあったからだが、仁保島漁民渡海にはとりあえず発見できなかった、と結論した。残念!
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阿比留氏の痕跡を調べた対馬の民俗学者の永富久恵氏は「永富という海神・ワダツミ神社の社家(おそらく卜部・ウラベであったろう)の姓はナカトミではないかとある友人は冗談でいいます、と笑った。中臣氏・ナカトミとは、上代の大族である。古代社会では主として神事祭祀をあつかい、主として太占・フトマニの卜事・をあつかったという。ナカトミは「中つ臣」のつづまった音であるという復原は簡単にできる。・・「中」というのは、神と人の中を執り持つという意味であるとされる。 司馬遼太郎・街道を行く13/壱岐・対馬の道」永富氏は対馬・木坂の海神神社に社家である。

中臣氏の祖は中臣烏賊津使主・ナカトミオノイカツノオミとなっており、八幡神社の祭神神功皇后の審神者(審神者(さにわ)とは、古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える者のことである。ウィキペディア)となっている。のち対馬県主となって、祭祀を司り、太古の亀卜の術をつかったという。対馬は烏賊・イカの良い漁場で、とてもふさわしい名の神様である。

阿比留氏は“「長」から対馬の地名に多い久比留とか昼ケ浦(比留浦)など比留とつく地名が多いこととか、また大比留女神社もあり・・”と阿比留氏への改名を示唆している。

「古代に戸籍が作られたとき、貴族はもとより氏、姓は天皇が与える形ができた。天皇は氏も姓ももっていないとされた。天皇は本来持っていなかったわけではなくて「倭・ワ」ではないかといわれる。(吉田孝・古代社会のおける氏)天皇はその姓を捨てることで、氏・姓を与える地位となった。・・このため地名に由来する姓はともかく、みなの氏・姓は天皇家あるいはその祖先神に遡ることになり、日本人すべてが天皇の子孫という、ありえないことの思想が戦前に生まれた。
また、古代の官位の制度が影響を苗字(氏)に反映されだした。官位も天皇により与えられるからだ。中つ臣であった鎌足が藤原と字を天皇から授与され、その一族は朝廷の大工であれば工藤、斎宮の関係から斉藤、修理管理(修理進)は進藤と、官名と藤原とが結びついた苗字になったといわれる。網野善彦・海と列島の中世」

仁保島の神社に阿比留の苗字をさがして走ってみて、驚くほど「渡部」が多い。仁保姫神社の神主さんも「渡部」氏とある。
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仁保島の東の旧道がLクランクにまがって、大きな屋敷の門が正面に遮っている。遠見遮断とよばれるコーナーで、町へ入ってくる敵の進路を遮る設計に見える。西国街道を東からむかえる京口門もこの遠見遮断になっており、毛利築城の時代の西の端の中島・平和公園の折鶴の像の前のゆるやかなカーブもこの遠見遮断の痕跡といわれる。
仁保島の遮断の旧家は「渡部」と表札にあり、庭に巨大な銀杏の木が聳えている。地図をみると、屋敷の北側には濠はあったのではとおもわせる区画がある。
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大阪の中島の南の渡辺橋そばにある座摩・イカスリもしくはザマ神社の神主は渡辺氏である。イカスリは居所知でいるところを知る意味(中沢新一・アースダイバー)で、古代に渡辺氏は都祁氏とよばれ、朝鮮半島の古代の国の新羅からの渡来だといわれる。
渡辺・渡部氏は渡しの部の人々で、渡りを仕事とする官名であった。渡しの部民になる。
渡部氏は長崎の五島列島で海賊とよばれた松浦党にもなっているほど瀬戸内海から壱岐対馬で活躍したという。海上での居所知の能力が発揮されたのだ。

仁保島の渡辺さんが、はたして古代の渡辺氏の流れであるかどうかは、わからないが、島一帯の神社の禰宜をしている仁保姫神社の神主さんであったりして、対馬の阿比留氏と同じ歴史の中にあるように思えた。渡辺氏一族が対馬への渡海船団を指揮したのだろうか。
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仁保島の漁民の対馬への渡海は宮本常一さんのいう江戸時代よりも前からのことではないか、とおもってしまう。

観音寺の鐘つきのおばあさんの犬・リリーがやっとなついてきた。俺って、寅さんかいな。
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by forumhiroshima | 2014-10-08 20:45
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