こひちろうの独り言 |
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庄原から帝釈峡にかけては、この地帯が石灰岩で形成されているのだそうで、川は深く地面をえぐってながれている。
現在の地図に明治のころのルートを色づけして、そこをトレースしたコースへ入っている。幹線から外れた古道は自動車もすくなく、それになんといっても道に表情がある。また昔の人たちが荷物かついで歩いた道であるのだから、それに負けたくなくなったりして、無理しても登ったりする。 川ぞいの道から谷間にはいるルートはここではまるで階段を踏むような急坂もあらわれるのだけど、標高差もすこしだし、「昔に人はここを・・・」となって、がんばろう!!と、思いもよらない勇気が、ほんとタマに表れたりして、けっこう楽しんでいる。 が、急坂はきついのは変わらない。そんなとき、とんでもない景色の中へ入ってゆくことがある。 帝釈峡そばのスコラ高原という新しい施設の西に相渡という場所をめざしていた。このあたりには「渡」とつく地名が多くて、トと読むらしい。そこに入る古道に二つの鳥居マークがならんで記載されている。道の表示は破線になっていて、いまはすっかり忘れられた道なんだろうが、古道ではある。 入り口がわかりずらかって、すこしうろうろして見つけた。そこはびっしりと杉木立の森で、その間に道が続いている。分岐をすぎて、ふと後を振りかえると、森の奥に鳥居をみつけてた。 護国神社とある。予想もしていなかった。境内は高い杉木立の木漏れ日でキラキラしている。 ![]() 先日帝釈峡の東、有頭という地名の場所に長い階段マークと鳥居マークをみつけて、落ち葉にうもれた細い道に入って神社をさがした。地名だけで民家も記載されていない場所だ。のびたカヤが刈り込まれて、スギの森へ登ってゆく石段と鳥居を見つけたとき、それまで、自分の地図読解力をうたがっていた不安がふきとんだ。「多熊神社」とあって、石段の一番上に座ってると、ふと隣に神様が座ったような、風が吹いてきた。 ![]() 巨木のスギの間から、幾筋もの光線がスポットライトのように降り注ぐ八幡神社の境内にいるとこの場所を見つけた自分にハナマル!!って心境になってしまう。 毛利氏が広島城を建築したとき、その材木はいまの安佐南区の神社の鎮守の森から切り出したときいた。とんでもないヤツだ。そんな広島で暮らしてると、この森をもつこの地の人たちをうらやましく思ってしまう。ここイイナー。 ![]()
by forumhiroshima
| 2008-12-12 15:37
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