こひちろうの独り言 |
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油木の小吹という街道ぞいの小さな町並みを東へ走ると、すぐにひらけた谷間にでる。どこか懐かしい景色がるゆやかな拡がりの谷にある。その端の古道のそばに寺院がある。すぐしたの墓所に赤い人物像がたっている。7~80cmのブロンズで、そばに石碑がある。像は大正天皇らしく崩御されたときにここに置かれたようだ。もう80年以上の歳月があるのが、きれいでかわいい。
その側にこの像の提供をした人物に名があって「牛飼○○」とあった。 ![]() 備後の国を走り始めてから、もうかなりの場所を訪れた。8世紀にかかれた「備後の国風土記」に、ここでスサノオの神が牛頭大王に変身したようにある。出雲の国を走って、この備後にやってきてるのだから、出雲の大王スサノオが変身した場所に興味深々。牛頭大王はインドの神様で牛頭獄卒・ゴズゴクソツで地獄のエンマ様の家来であったという。おそろしい神様が、変身していま京都・八坂の祇園舎におられる。祇園祭はますます盛大になっている。 地獄の神様が厄除けの神様になった。その神様が出雲のスサノオだという。その変身の地が備後の国。まだ訪れていないが、そのスサノオが鎮座する福山市新市町のスサノオ神社の由緒には、境内に合祀される「疱瘡神社」にスサノオの息子・オオクニヌシから数えて六代目のお嫁さんのお父さんを祭るとある。この神様がヒイラギハナマズミノカミ。ヒイラギはいわしの頭を添えて、節分の厄除けになっている。 疱瘡を予防する種痘は牛からつくられたことを思い出した。 神石高原町油木は丘の上に広がる。水はどうするの?って場所にあるが、そこには酒造会社もあって、よそ者のおおきなお世話ってことだけど、その丘の頂上におおきな杉の林立する神社が二つならんでいて、そばにもう一つ神社がある。そこが天神原とよばれるのは、そこに油木高校の実習施設の牛舎があるから。また大きな肉やさんもならんでいる。そこからすぐとなりの丘に広島県畜産牧場がたっている。 神石の牛は、コウベビーフとか松坂牛を子牛で提供してきたと聞いた。牛に関しては屈指ってことらしい。 天皇の崩御をいたんで、遺影をブロンズにする牛飼に、その神石牛生産者の誇りをかんじる。そして、牛飼いは疱瘡にならないことから、もしかしたら、スサノオが人を疱瘡から守る牛頭大王になったのでは?とおもっている。 四方にのび、交差する尾根の頂に、この高原に人々は小さな集落をいくつも出現させている。これをたどることは、自転車ではけっこう厳しいのだ。きっと牛たちも、きっと足腰鍛えられただろう。そうして、あのブロンズの牛飼いの育てた牛が天皇の牛車を引いたのかもしれない。昔ここは、デトロイトってことでもあったかもしれない。強烈な馬力のエンジン装備の牛の生産地であったのだろう。
by forumhiroshima
| 2009-06-05 16:50
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